キリエル
□あるお姫様の話。
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この女――エルーは、周りからは「かぐや」と呼ばれている。
爺さんが名付けたらしいが、本名じゃないと知っているのは爺さんと婆さん―――あと、オレ。
ちなみにオレは、普段からこの家に入り浸っていただけの、何の変哲もないガキだ。
こいつがこの家に来た時も居たのだが、「仲良くしてやってくれ」という爺さんの一言で帰りづらくなってしまった。
……まぁ、嫌ではなかったけど。
それからはエルーとずっと一緒だった。
オレにはオレの帰る家があるから、片時も離れず、ってわけじゃなかったけどさ。
妹のような姉のような――いや、やっぱり妹のような立ち位置に近かったかもしれない。
……実を言えば。
立ち位置はそれに近くても、最初から妹のようには見てなかったんだけど。
「キリさん?」
「何?」
関係ないけど、「キリ」ってのはオレの名前。
ちゃんと自己紹介はしたんだけど、
「――漢字は、その、苦手で…」
という一言であっさり撃沈。
まぁ、名前自体はちゃんと覚えてくれたんだけど。
「私、いつかは月に帰るんです」
「うん、知ってる」
「だから、キリさんとも、いつかは別れることになっちゃいます」
「そうだな」
今まで幾度となく交わした会話。
初めて聞いたのはいつだったかな。
まぁ、あの頃からオレのできることは変わっちゃいないが。
「……キリさん?」
「何?」
「私、次の満月の夜に、月に帰るんです」
「―――」
……いやいやいや。
あまりにも自然な流れで口にするもんだから驚いちゃいましたよ、はい。
「……ごめん、何だって?」
「次の満月の夜に、帰ります」
「……そう、なんだ」
「はい」
「…………そっ、か」
「……はい」
――分かってたことなんだけどな。
いざこうやって言われると、なんか、反応しづらい。
ていうか、何も言えなくなる。
今までいた人が消える。
死ぬわけじゃないからまた会える―――なんて、言えない。
相手は月の姫だ。
鳥よりも高く、雲よりも高く、空よりも高く、星よりも高い――あの、月だ。
凡人のオレには、どうあがいても届かない。