キリエル

□ずっと昔の、ある二人の話。
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季節は、もうすぐ春と呼べる頃。

そこを選んだ事にたいした意味は無かった。
ただ、たまには少し長めに散歩しようかな、という気まぐれで、そこを訪れて。
着いた先の小高い丘から見下ろした景色が存外に綺麗だったから、次に描く絵はこの景色にしよう、と思って。
そんな他人にとってはどうでもいい自分の趣味のために、そこを訪れる事にして。
早速その翌日に画材道具一式を持ってそこを訪れてみたら。


「―――あ、どうも」


彼女がいて。




『ハロー、神様。オレの名前は……まぁどうでもいいか。んで、いきなりだけど、オレを彼女に逢わせてくれて、ありがとう。……いきなり何だ、って?いやまぁ、気にするな。礼を言いたかっただけだよ』




春になった。
彼女は、花のような笑みを携えて、今日もそこにいた。


「わ、すごい。絵を描かれるんですか?」


何がすごいかは分からないけど、初めて会った日、彼女はオレ(というか持っていた画材)を見て、そんな事を口にした。
彼女曰く、自分にはそんな才能も道具も無いから、との事。
会ったばかりだから才能はどうだか知らないが、なるほど、道具が無いのではどうしようも無い。

話は割と弾んだ。
初対面同士、互いに知らない事ばかりだから話題には事欠かない。
相手が知らない事を話すと目を輝かせて話を聞いてくれるし、オレが知らない事を聞かされたら素直に面白かった。
でも、なんだか絵を描きながら話していると、端から見ればオレが話半分で聞いているように思えて、少し肩身が狭かった。


というわけで、次の日、彼女の分の画材も一緒に持って行った。
どうせなら二人で描こうと、そう提案した。
彼女は驚いて、何かあわあわ言っていたが、問答無用でオレが渡してやると、渋々というように、筆を取った。
貴方みたいに上手く描けないですよ、と言ってきたけど、別に下手だからどうという訳でもない。上手いならそれに越した事は無いけど。

そうして、町外れの小高い丘で、オレ達は絵を描きはじめた。




『ハロー、神様。元気してる?オレはまぁ、ぼちぼちかな。あいつ、あんたの事を信じてたよ。崇拝はしてなかったけどさ。……オレ?オレも一緒だよ。あんたは居ると思ってるけど、信じてはいないさ。だって、たくさんの人間の中でオレだけを助けてくれるなんて、そんな都合の良い話は無いだろ?』




夏になった。
彼女は、少しだけ小さく控えめな向日葵のように、今日もそこにいた。


「書き直すんですか?あんなに上手だったのに…」


その日、オレはいつものように二人分の画材を持ってあの丘を訪れた。
しかしいつもと全く異なる物を見つけて、彼女はオレに問い掛けた。
そう、今持っているキャンバスは、もう完成間近のキャンバスとは違う。元の物と比べると、一回り……いや、二回りほど大きなキャンバスに変わっていた。もちろん、真っ白だ。
ちなみに、彼女のキャンバスはいつもと同じ物だ。三分の一も描かれていない、ほとんど真っ白なキャンバス。

理由を聞かれたが、適当に流しておいた。
そんな事より早く描かないと日が暮れるぞ、なんて事を言って話をはぐらかした。


ちなみに、彼女の絵の才能はなかなかだった。
進む速度はとんでもなく遅いが、正確で、色合いも鮮やか。……所々、上手くいかなくて少し色が濁っている部分もあるが。

余談だが、彼女から貴方は夏っぽいと言われた。理由を聞けば、この髪の色が太陽みたい、との事。
だから言い返してやった。あんたの髪も澄んだ水色で、まるで海みたいだ、って。ほら、互いに夏っぽい。




『ハロー、神様。調子はどう?……まぁ、崩す訳が無いだろうけど。―――いきなりだけどさ、あんた、人の願いを叶える事とか出来る?世間的には、神様ならなんでも出来る、って言われてるけど。……あぁ、返事はそんなに期待してないよ。期待を裏切られた時の絶望感は半端じゃないからね』
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