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竹中半兵衛という男を、誤解していたようだ。

性格から察するに彼の部屋ともなればきっと整然としているに違いないと思っていたのに、通されたその部屋は足の踏み場もない程散らかっていた。
書き損じと思われる紙、誰かから届いたと思われる書状、巻物の数々、物盗りが入ってもここまで散らからないだろう。
いくら忙しいと言っても、国主であった政宗の部屋もこれほど荒れていなかった。

「あの、これ…」
「全部片付けてくれるかな」
「は?」
「内容は全て頭に入っているからもう見ないんだ」

もちろんそういう意味で聞き返したのではない。
が、キラキラという音がしそうな笑顔でこちらを見ている彼が今の発言を本気でしているという事は理解できた。

「牢屋に監禁されたいならすぐにでもそうするけれど」
「慎んで片付けさせて頂きます」
「賢明だね。終わったら声をかけてくれ。隣の部屋にいる」

そうですか、とこちらが返す時には既に半兵衛はその隣の部屋とやらに姿を消していて、障子戸がぴしゃりと閉まるところしか見えなかった。

「……もう!」

立っていても仕方ない。
ルカにはこの時代の字は難しくて読めない。辛うじてところどころの漢字が拾えるかどうかだ。
どれが重要なものか判別ができないので、手に取ったものを黙々とまとめて行くだけである。
あらかたまとまったところで、書庫の場所を訊ねに隣の部屋へ向かう。

「あの、竹中様…書庫はどちらでしょうか」
「……入りたまえ」

とりあえず、言われるまま戸を開ける。埃っぽい臭いがまず鼻についた。

「う…わ、すごい…」

どうもこの部屋が書庫になっているらしい。まさか自室の横とは。
書に埋もれるようにしている半兵衛を見つけ、ルカは眉を潜めた。

「竹中様、こんな埃っぽいところ、お身体に障りますよ」
「余計な世話だが、そう思うなら早く片付けてくれたまえ」
「じゃ、こっちに運んで来ますから、とりあえずそこ退いてください」
「はいはい」

嫌味が返ってくるかと思いきや、半兵衛はあっさり部屋から出てくれた。
そのまま、彼は縁側に腰掛け、手にしていた書状に目を落としている。
ルカは片付けを続けることにした。
もしかしたら分類されているのかもしれないが、読めないからと内心言い訳して適当に置いていく。

「終わったかい?」
「もう少しです」
「……。僕はちょっと別のところに行ってくる」
「分かりました」

持っていた書状を渡され、歩いていく半兵衛を見送る。彼は忙しいので、のんびり待っている時間などないのだろう。
となれば戻ってくるまでに終わっていなければ今度こそ嫌味を言われるに違いない。ルカは大急ぎで片付けを再開した。

「……はぁ。何でこんなことに…」

半兵衛がこんなことをさせるために奥州から連れてきた訳ではないのは間違いないが、これからどうなるかと思うと不安になる。

政宗は目覚めただろうか。
小十郎が側にいれば彼は大丈夫だろうが、このまま豊臣に居れば確実に敵対することになる。
勿論、そうなることは分かっていたが、いざその時を迎えてしまったら、どうすれば良いのか自分でもわからない。
悶々としながら巻物を抱えて部屋から出たところで、すぐ前に刃が突きつけられる。
見上げた先に、男がいた。

「……貴様、何者だ」
「え」
「何者だと聞いている」
「…あ」

石田三成、である。驚くルカをどう判断したのか、彼は眼光をより鋭くした。

「貴様っ…半兵衛様の御部屋で何をしている!」
「か、片付けです!」
「何故だ!!」

いちいちそんなに全力で問われても答えづらい。しかも、声を出したら刀が刺さりそうな勢いで首に突きつけられている。彼は、佐助と違って本当にやりそうだ。

「め、命令だからで…あたっ、痛いです石田様!」
「なっ…貴様、何故私の名を知っている!?」
「え、それは…」
「僕が話したからだよ、三成君」

すっと横から割り込んできた手があっさり刀を退ける。同時に三成も凄い勢いで跪いた。

「ルカ、三成君で遊ばないようにね」
「遊んでません!」

さりげなく背中に匿われ、反論しつつもルカは少し安堵する。少し首が痛む。鏡もないのでどうなっているか見えないのがもどかしかった。
半兵衛が柔らかな声で三成に告げる。

「彼女は僕が連れてきたんだよ。怪しむ必要はない」
「は…し、しかし…」

そういう三成の目にはルカが怪しい女にしか見えないようで、明らかに戸惑っている。
こちらとしても来たばかりでまだ勝手がわからないから、無意識に彼の気ににさわる事をしでかして斬られるのは御免だ。
一応は助けてくれるつもりのようなので、ここは黙って半兵衛に任せるのが懸命だろうか。

「彼女は、僕の妻にする予定の女性なんだけれど…それでも疑うのかい?」
「は?」

間抜けな声をあげたのは勿論ルカである。途端に爪先を踏まれて地味に痛い。
その向こうで、三成が真っ赤になり、真っ青になり、そしてまたひれ伏した。

「こ、これはっ、とんだ御無礼を…! 申し訳ございません!」

もう行って良いよ、と半兵衛が告げれば、彼はきびきび動いて去っていく。
それを見送る華奢な背中が小刻みに揺れているのに気付き、ルカは呆れた。

「遊んでるのはそっちじゃないですか…」
「ひとまずこれで君がいきなり斬られる心配は無いのだから、感謝したまえ」
「それはそうかもですけど…私、本当にどういう立ち位置でここに居れば良いんですか?」
「そうだね、とりあえず僕の世話係にしておこうか。それなりの働きはするようだから」

そう言う半兵衛の視線はようやく休めそうな空間の出来た自室に向いている。
どうやら片付け能力で適性を見られていたらしい。牢屋行きにならなかったということは、ギリギリ合格なのだろう。

喜んで良いのかいまいち分からないでいると、半兵衛の長い指が彼の部屋の隣を差した。書庫の反対隣である。

「君の部屋はそこにする。僕が呼んだらすぐ来るんだよ。生活に必要なものはこれから人が運んでくるから受けとるように」
「はーい…」
「……」

恐る恐る中を覗くと調度品も何もないただの小さな空間で、これなら掃除も簡単に済みそうだ。

「竹中様、あの」
「半兵衛、で良いよ。それと敬語も今更いらない。君に敬語を使われるといらっとする」
「ちょっと、失礼にも程があるわよ」

城に入ったのだからと折角気を遣ったのに損した気分だ。
むっとしていると、半兵衛がルカに向かって手を伸ばしてきた。
首を撫でられる。

「ふぁ!?」
「…手当てしておくようにね」
「あ、うん…」

やはり、切れているらしい。すぐに離れた半兵衛の指先が少し赤くなっているのに気付いて、ルカは青ざめた。
半兵衛はそのまま自室に入っていく。

ここは、浅井や伊達とは違う。
もっと応対に気を付けなければ本当に危ないかもしれない。
半兵衛からだって、利用価値ありと考えられているだけであって、信頼されている訳ではないのだ。
今さらながら足が震えて、ルカは暫く廊下に立ち尽くしていた。



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