□16
2ページ/2ページ

豊臣軍本隊と刃を交えた政宗たちが帰還した。

政宗は満身創痍の状態で、小十郎に担がれて帰ってきた。
戦の結果は、辛うじて豊臣軍を退けた状態だという。

濡らした手拭いを絞り、額の汗を拭ってやる。政宗はきつく目を閉じていて、酷くうなされている。熱が下がらないのは、怪我からくるものか、それとも精神的なものか。
時々誰かの名を呟いていて、それが政宗を庇って死んだ足軽たちの名だと、先程密かに小十郎に教えられた。

「政宗様…」

今回は守れたが、もし次に攻め込まれれば、おそらく崩れる。
伊達軍そのものも、政宗自身も。この戦によってそれくらい大きなダメージを受けている。

「様子はどうだ」

小十郎が入ってきて、ルカの向かいに腰を下ろす。首を横に振ると、彼も心配そうに政宗を見つめた。

「あの、片倉様」
「……そろそろ、その片倉様って呼び方は止めろ。政宗様の事は政宗様と呼んでるじゃねぇか」
「じゃあ、小十郎?」
「おい」
「冗談ですよ、小十郎様。私、水替えてきますね。あと、ひどい汗だから一度着替えさせた方がいいと思うんです…」
「ああ、そうだな。着替えを用意させよう」

指摘されるまで動かないあたり、小十郎もだいぶ滅入っているようだ。
女中を呼ぶ後ろ姿を見て、ルカはため息を飲み込んだ。

台所へ向かうと、頼んでおいた水が用意されていた。一度沸かしたものを冷ましておいて貰っているのだ。
それを桶に入れて、新たな水の用意をする。

「…頼みっぱなしで申し訳ないんですけど、今沸かしてる分が冷めたら、政宗様の部屋へ持ってきていただけますか?」
「勿論だよ! 政宗様の為だもの」
「宜しくお願いします」

彼女たちだって他の武将や兵たちの世話もあるのに、二つ返事だ。元気を貰った気がして、ルカは若干軽い足取りで政宗の元に戻る。
小十郎はまだ居なかった。

「政宗様」

汗を拭きながら呼びかけるが、やはり独眼はきつく閉じられたまま。
だが、先程より呼吸が少し落ち着いたように思う。

「大丈夫。大丈夫ですよ。皆あなたの目覚めを待ってます…あなたが生きて帰ってきてくれて良かったって、思ってます…」

どうか、背負ったものの重さに苦しまないで。
祈りを込めて、額に口づける。

「……うぅ、なんか照れる」

政宗が起きていたら絶対できない。だが、夢の中でもいいから、祈りの一欠片でも届いて欲しい。
世話になっている以上、やはり何か一つでも役に立ちたかった。

「………ふぅ」

一息ついて、ルカは動き出した。廊下に、小十郎も他の人の気配もしないのを確認してそっと進む。

心臓がばくばくしている。
誰かに会ったら終わりだ。
この数日、何度も考え直した最善のルートで、ルカは城から抜け出す。
そこからは全力疾走。
指定された場所まで、あと少し。
頭の中で勝手に前方へゴールテープを張り、そこを一気に駆け抜けた。

「はぁっ…はぁ…き…来たわよっ!」
「本当に一人で来るとはね」

何故か、少し呆れたように言われて、ルカはムッとした。顔を上げると、半兵衛が涼しい表情で木に寄りかかっている。

「そういう約束でしょ。あなただってここで待ってたじゃない。それとも、私が嘘をつくような女に見えるの?」

あの時、無理やり連れ去ろうとした半兵衛に、ルカはある条件を提示したのだ。

豊臣軍を伊達の領地から退かせること。
政宗の帰還まで待つこと。
そうでなければ連れていかれても何も語らないし、そして、彼の抱える病の事を皆にばらす、と告げた。

到底無理だろうと思いながらの提案だったのに、半兵衛は面白い、と呟いてその条件を飲んでくれたのだ。
だから、ルカもここへ来た。

「……行こうか」
「え、無視?」
「無駄なお喋りをしている時間はないんだよ」

手首を掴まれ、引っ張られる。細いくせに抗えない力強さがあって、やはり彼は武将なのだと実感する。

「ここからどれくらいかかるの?」
「ごく一般人の君に負担の無いようにはするけれど…っ!」

嫌味を言いかけた半兵衛の目の前で火花が散った。降ろした手に剣を持っていて、半兵衛が一瞬のうちに抜刀したのだと気づく。

「あ…」
「ルカ…随分物騒な男と逢い引きしてやがるじゃねえか」

小十郎だ。居ないと思ったら、どうやら行動を読まれていたらしい。
眼差しを受けるだけで痛みを覚えるくらい、彼の怒りが突き刺さる。
それを遮るように、半兵衛がルカを背に隠した。

「片倉君、君も見ていただろう? 彼女は自分で僕のところに来たんだよ。邪魔しないでくれたまえ」
「うるせえ! そいつを離しやがれ!」
「小十郎様!」

問答無用で小十郎が斬りかかってくる。が、半兵衛の武器はリーチが長い。ルカを抱えながらなのに、半兵衛は余裕で小十郎の太刀を弾いてしまう。

「政宗君が大事なら、黙って彼女を引き渡す事だ。でなければ、僕と彼女の取引が無効になってしまうよ」
「…あ、や、やめて! 小十郎様!お願い帰って!」
「何だと? どういう事だ!?」
「何も…何も聞かないで!」

取引と呼べるかわからないが、あのやり取りを知ったらきっと、小十郎も政宗も傷つく。
ルカは無意識に半兵衛にしがみついていて、掴まれた方は面倒そうにそれを見やる。

「だそうだよ。剣をおさめるんだ。安心したまえ。彼女に利用価値があるうちは、身の保証はする」
「そいつに利用価値なんざ…」
「無い、と言いながら現に彼女は僕と取引をしてみせたよ。ふふ、彼女は自分の売り方をよく分かっている」
「小十郎様…お願い」
「……!!」

ルカが見つめる前で、小十郎が怒ったまま刀をおさめる。
その横を、半兵衛とルカは歩いてすり抜けた。

「少しだけ、待って」

半兵衛に告げると、彼は数歩だけ先に進んで足を止めた。
ルカはこちらに背を向けたままの小十郎に頭を下げる。

「政宗様に、良くしてくださってありがとうございましたと伝えてください。小十郎様にも、たくさんご迷惑をおかけしました。でも、ここに置いて貰えて、皆さんと過ごせて本当に嬉しかった……政宗様のところへ戻ってください。目覚めたとき、もし一人だったら、寂しいですから…」
「……ルカ!!」

絞り出すような声で呼ばれて、ドキリとした。

小十郎は振り返らない。それ以上、彼の背中を見ていることは出来なくて、ルカは俯いて半兵衛の元へ戻った。

「泣いているのかい?」
「…泣いてないわ。そんな権利無い」
「ふ…そうだね」

場違いに優しく微笑んだ半兵衛が差し出してきた手。
ルカはそれを、しっかりと握り返した。



次の章へ
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ