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居城に戻った政宗は、すぐに次の戦の準備を始めた。
借りを作ったお陰で、ひとまず上杉と武田両軍から同時に攻め込まれる心配がないのは幸いだが、それを差し引いても状況は予想以上に厄介な事になっているらしい。

豊臣秀吉。
この男が放った、ただ一撃。たったそれだけで、政宗も幸村も、なすすべなく窮地に追い込まれたのだ。
帰還できたのは、あの豊臣の大軍が、こちらに対する挨拶程度の規模だったから。

強い。そして、大きい。
口に出したくもないが、それは認めざるを得ない。

そう、対峙したときの事を語る政宗は非常に苦々しい表情をしていた。
信長の脅威に隠れていた強大な敵がここに来て姿を現し、天下を取り巻く様相が今また変わろうとしている。

この城に、既に政宗はいない。国境に迫っている豊臣軍を迎撃する為、数日前に進軍に踏み切ったのだ。
今回は、ルカをここに残して。

「大丈夫かな…皆…」

相手の将は。兵の数は。
訊ねても、政宗は何故か教えてくれなかった。「お前は大人しくしてろ」と、先日の乱入の時と打って変わって、彼の態度はとても厳しかった。戦場のただ中で上杉と武田を説得したルカを褒めた、あの時の政宗がまるで幻のようだ。

「少しは、役に立てたのかと思ったのにな…」

最悪の出会い方をしたのに、政宗はこうして保護してくれている。それも、かなりの厚待遇だ。だから、少しは役に立って恩を返したかった。
それだけに、今回の置いてきぼりは少々落ち込む。

「石田か、秀吉か、それとも…他の知らない人が来るのか…」

誰が軍を率いて来たとしても、この戦いの結末はきっと、伊達にとって辛いものとなる予感がした。
そんな戦に限って、政宗が何も教えてくれないとはなんとタイミングが悪いのだろう。

「うーん……信じて待ってる皆には悪いけど、今のうちに怪我人受け入れる準備とか、頼もうかな……」

城内には、警備要員として戦に行かなかった者たちがいる。
部屋を出てうろついているとその一人にちょうど出くわし、ルカはさっと駆け寄った。
話しかけると、一瞬ビクリとしたものの、ルカが一応客人扱いなのを思い出したのか話は聞いてくれた。

「救護の用意か…まぁ、どのような結果になろうとも怪我人はでるだろうからな。話しておこう」
「ありがとうございます! 私にできることがあれば仰ってください!」
「いや、ルカ殿は政宗様の大事な客人。そんな方に………あ、いや、しかしな……」
「なんです? 何か私に出来そうですか?」

うーん、と考えこんだ彼は、少しして申し訳なさそうに手を合わせてきた。

「実はな、小十郎様に畑の様子を見ておいてくれと言われて、皆で見回っているんだが、まだ今日の当番の奴等が戻って来ないのだ。どこぞで道草を食っているんじゃないかと思って……」
「なるほど…迎えに行けば良いですね?」
「ああ、助かる」

一人で部屋にいてもやる事がないので、ルカは嬉々として引き受けた。
城から出るなと言われてはいるが、確か彼の畑は城からほど近い場所のはずだ。何度か連れられて行ったことがある。

途中、出会った見張りたちに畑の場所を確認しつつ、サボり兵がいないかも尋ねて進む。
こうしていると、政宗たちが戦の最中だというのを忘れてしまいそうだが、今まさに戦い、負傷しているかもしれないと思うとなんだか恐ろしくなる。

やがて畑に到着し、ルカは悲鳴をあげそうになった。

兵が一人倒れているのだ。
戻らないと言っていた畑当番の兵士だろうか。

「大丈夫ですか!?」

側に膝をつき、肩を叩く。怪我をしている様子はないが、呻くだけで返事はない。とにかく、どうにか運ぶ手立てを考えなくては。
辺りを見回すが、そうそう運良く荷車などあるわけもない。やはり、人を呼んでくるしかないだろう。

「待ってて。今、誰か探してきますから」

聞こえていないかもしれないが声をかけて、ルカは立ち上がった。
ここに来るまでに、何人かの兵に出会った。彼らに手伝って貰えばすぐに運べるはずだ。
そう思って振り返った彼女はしかし、踏み出す事は出来なかった。

「お困りなら、僕が手伝おうか」

いつの間にか、少し手を伸ばせば捕まる距離に、男が立っていたのだ。
それも、決してルカが一人で相対するべきではない、相手。

「……竹中半兵衛」
「僕を知っているんだね。ならば、話は早い」

言うなり、半兵衛の長い指先がルカの顎をとらえる。
正面からまじまじと見つめあうはめになったが、何故だろう、恐ろしさしか感じない。
負けじと、ルカは自分自身を奮い立たせる。

「今ここに、片倉小十郎はいないわよ?」

もし、彼が自分の後継として小十郎を探しに来たのなら。そう考えての言葉だったが、半兵衛に動揺の一欠片も見られなかった。

「知ってるよ。彼は今、政宗君と共に秀吉と戦っている」
「!」

まさか豊臣の本隊が来ているとは。
驚きを隠せないルカを、半兵衛は先程から静かに見つめている。
殺気の類は無いが、どうも彼に観察されているようで、とても居心地が悪い。

「…ふぅん。皆が君を特別視するけれど…僕にはごく普通の娘に見える」
「当たり前よ。私は一般人だわ」
「一般人はそういう受け答えはしないよ。ちょっと頭の構造が普通と違うようだね」
「馬鹿にしてるの?」
「狙われているのにこんなところまで一人でやってきて、挙げ句捕まっている現状で、馬鹿じゃないと言い切れるのかい?」
「う…」

この天才軍師に口で勝てるわけがない。悔しいので睨んでみるが、彼の仮面に阻まれて届いているようには思えなかった。

「まぁ、利用できるかどうかは使ってみなければね」
「私に利用価値なんてないわ」
「それは僕が決めるんだよ」
「………」

とりあえず、このまま大人しく連れ去られるのだけは承知できない。
ならば、一か八か。
覚悟を決めて、ルカは口を開いた。



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