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引き締まっていく手応えを感じて、ルカは頭の後ろからやっと手を降ろした。ただポニーテールにしただけなのに時間がかかり過ぎて腕が痛い。

「はぁ、やっと出来たー…」

女中に借りた小さな鏡を頼りに、服に変なところがないかどうか入念にチェックする。

先程、洋服が出来上がったのだ。裁縫は割りと好きな方、と言っても、まさか戦国の世に来て自分で洋服を作る羽目になるとは思っていなかった。
もちろん、人に手伝って貰ったのだが、しかし一着作るだけで大変な道のりだった。
これで手順を覚えたので作って差し上げますと衣装屋に言われた時は感激して泣きそうになった。

「大事に着よう…」
「そいつは保証できねぇな。一応それ、戦闘服だぜ?」
「ひゃあああ!? 政宗様!!」

いつの間にか部屋に政宗が入ってきていて、至近距離でルカの服をしげしげと見ている。
世話になっている分、嫌ですとは言えず、気まずく思いながら視線に耐える。

少しして、政宗がようやく服からルカ自身へ目を向けてきた。

「なかなか似合ってるじゃねえか」
「あ、ありがとうございます…」

からかってくると思いきや普通のトーンで言ってくるものだから、何となく照れてしまう。
しかし、声をかけてから部屋に入って欲しかった。

「あの…ちなみに一体いつから?」
「やっと出来たーあたりからだな」
「……!……!!」
「んだよ、着替え覗いてた訳じゃねぇだろうが」

何が問題かと言ったらやはりこの悪びれない態度だろう。
殿様だから仕方ないと我慢すべきなのかどうか非常に悩みどころだ。
言い返す言葉が見つけられずに考えていると、政宗にポニーテールを軽く引っ張られる。

「ちょ、痛いです!」
「Sorry…掴みやすいんでつい、な。軍義で皆集まるから、このまま御披露目だ。来い」
「えー、心の準備が…」
「堂々としてりゃ後は俺と小十郎が何とかする」

そう言っている間に小十郎が控える廊下まで歩いてきていて、逃げ場がなくなったことに気づく。
立ち上がった小十郎は政宗に一礼した後、ルカの服をちらりと確認した。が、その事には触れてこず、いつも通りの険しい表情だ。

「いいか、余計な事はしゃべるな。堂々と座ってりゃこちらで何とかする」
「……はい」

なぜ二人して同じ事を言うのか。そこまで自分は信用がないのか。

「付いてこい。入ったら俺の横に座れ」
「はい」

小十郎は既に中へ入っている。室内のわずかなざわめきが収まるのを見計らって、政宗が歩き始めた。
政宗付の女中として過ごしてきたから、揃う顔ぶれのほとんどを、ルカは既に知っている。
だが、感じる視線が普段より厳しくて、踏み出す足に緊張が走る。

「転ぶなよ」
「…は、はい……」

前から政宗が小さく声をかけてきて、慌てて頷く。そういえば、堂々としていろと言われたばかりなのをもう忘れていた。
政宗の指示に従い横に座ると、皆が勢いよく顔をあげる。

「おい、まだ顔上げろって言ってねぇだろうが」

政宗が溜め息混じりに指摘するが、皆引く気はないらしい。
一気に押し寄せてきて、ルカは思わず後ろに下がった。

「くっ…白い肌が眩しい…!」
「誰かと思ったらルカちゃんじゃねぇですかー!」
「うわー洋装似合ってるなー!」

思い思いに叫ぶ彼らに警戒の色はないが、逆に緊張感の無さすぎて脱力した。

「…お前、やっぱ馴染み過ぎだろ」
「 私がですか?」

政宗がこちらを見て呆れたように言うが、ルカだってただ女中として接してきただけなのでそんな事を言われても困る。
だが、先程感じた怖い視線がないのは少し安心した。

「テメェラ…いい加減静かにしねぇか!!」

地鳴りのように怒号が響いて、部屋が静まり返る。声のした方から凶悪な雷を帯電させて鬼が立ち上がるのが見えて、皆から小さく悲鳴が漏れた。
それに対して唯一驚かなかった政宗が、軽く手を挙げる。

「まぁいい、そのまま聞け。確かにこいつはルカだ。暫く女中として置いてた。黙ってて悪かったが、こいつはいろんな奴等から目をつけられてる。あいにく俺はこいつをそいつらに渡す気はねえ。お前らも、出来るだけこいつから目を離さないように頼むぜ?」
「はい!」

事情説明にしてはざっくりしていたが、相手が政宗となると伊達家臣たちはそれで十分だったらしい。無駄に元気よく返事が返ってきた。

「いやー、やっぱりね、ただの娘じゃないと思ってたんですよ!」
「お、俺はてっきり殿の…」
「これからもよろしくなールカちゃん!」
「あ、はい。こちらこそ宜しくお願いします」

皆好き勝手発言しているが、今度は小十郎も止めない。どうやら御披露目というのはこれで終わるらしい。
この軽いノリで終わるなら心の準備も必要無かったようだ。

「で、進軍の日取りについてだが…」

政宗がそう言った途端、真剣な空気に戻る。場違いに感じて退散しようとしたルカだったが、いつのまにか近くに来ていた小十郎に阻まれた。見上げると、ゆっくり首を横に振る。やはり出ていっては駄目、ということらしい。
何故、と目で訴えかけると、答えは反対横にいた政宗からもたらされた。

「何不思議そうな顔してんだ。お前も同行するから、しっかり聞いとけよ」

あまりにさらっと言うものだから、ルカは言われた内容を理解するのに数秒かかってしまった。

「…え? えええええ?! 無理無理!! 無理です!無理!!!」
「ああ? 何のために洋装させたと思ってんだよ」
「だからってなんでそんな急に!?」
「ルカちゃん…あっ…あまり暴れると……み、見え…っ」
「見ないでーーーー!!」

ルカの悲鳴と抗議は、小十郎に怒られるまで続いた。



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