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頭を下げるルカの目の前に、男たちが止まる。
彼らへの挨拶の為に下げた頭だったので一応視線を上げてみると、にこやかに話しかけられた。

その内容は、政宗様と目があったとか、笑みを向けてくれたとか、挨拶に手を振り返してくれたとか、どこぞのアイドルの追っかけか恋する乙女じゃなかろうかと思うような内容だが、下級武士の彼らにしてみれば政宗というのはそれだけ高い雲の上の存在なのだ。

とは言え、一般的な武家の雰囲気、例えば織田などとは違って、伊達軍はかなりフランクだ。身分というものを、政宗は気にしない。それは今目の前にいる彼らにも浸透していて、実際、女中のルカに気軽に接してくたり、重い荷物を持ってくれもする。

ただ、政宗に関しては小十郎が外聞を気にしろと言って戒めるので結果的にアイドルみたいな扱いになっているのだろう。

それは良かったですね、と当たり障りなく返していると、上から視線を感じる。

小十郎だ。
少し離れていたがルカが気付いた事は分かっているらしく、手で何か示している。
上がってこい、と言っているように見えた。

「では私、これ片付けたら次のお仕事に行きますね」
「ルカちゃんは働き者だなー」
「あはは、怒ると怖いですからねー」

あえて誰が怒るのかは言わなかったが、それで理解した彼らは顔を青くして走り去っていく。
角を曲がって見えなくなるまで見送り、残り一枚だった洗濯物を干す。
早いところ向かおうと草履を脱ぎかけたところで、廊下に小十郎が来ているのに気がついた。

「あ、すみません、今伺おうと思ってたのですが…」
「いや、良い。対した事じゃねえからな」
「はぁ、何でしょう?」

政宗付きの女中と言っても、実際は政宗と小十郎の小間使いのような立ち位置。それもこの時代の字が読めないので誰かに伝言する程度。二人とも忙しいが、そうそう伝言ゲームばかりしている訳にもいかないから、最近は暇になったらこうして屋敷内の雑務をさせて貰っているのだ。

「お前…よく色んな奴と話しているが、大丈夫か?」
「? えーっと、たぶん、粗相は無いかと…もしかして何か苦情が上がってますか?」
「そうじゃねえが…いや、やっぱりいい、気にするな、俺の杞憂だった」
「?」

何が杞憂なのかさっぱり分からない。しかし、小十郎がさっさと話題を変えてしまったので追及できなかった。

「お前、これ持ってみろ」
「え、あ、はい…」

無造作に差し出されたのは細身の小太刀。刀と言うより剣と表現した方がしっくりきそうな形状だ。

「何ですかこれ…軽いですねぇ」
「舶来品だが、まぁ脅しにはなるだろ」
「……え、私が使うんですか!?」
「当たり前だ。護身に持っておけ」
「どうやって…」
「それは…」

腰に差せと言いたかったのだろうが、ルカは男装している訳でも洋装している訳でもないので、非常に違和感がある。
普通の女中として置いて貰っているのに突然こんなものを持ち歩いたら護身どころかこれが原因で一悶着起こりそうではないか。

とまではルカからは言えなかったが、小十郎も当然思い至ったのだろう。険しい顔で目を泳がせている。

「片倉様、私の身を案じて下さるのはとても嬉しいんですけど、私、やっぱり戦うのは…」
「なら、洋装すりゃ良いじゃねえか」
「え」

あっさりと、そんな提案をしてきたの突如現れた政宗だった。
まぁ彼の城なのだからどこに居ても良いのだが、こんな所にまで来るのは珍しい。

「洋装したら、悪目立ちしませんか…?」
「どのみちお前の存在は外に漏れてる。なら、お前がある程度戦える女だって思わせといた方が良いじゃねえか。目立ってればどこにいるかすぐ分かるしな」

随分と政宗の俺様ぶりを発揮した意見である。さすがに小十郎が反対するだろうと思って見ると、彼はいつもの難しい顔で考え込んでいた。

「あの、片倉様?」
「政宗様、そうなると…ただの女中としてはもう置けませぬぞ」
「じゃ、小姓か食客ってとこか。肩書きが変わっても今とやること変える気ねぇからそれで良いだろ。ついでに全員集めてこいつの事を説明する」
「え? あの、待っ」
「つー訳だ。生憎、女の洋装は詳しくないからルカの好きなようにして良いぜ。ただしsexyなのな」
「何故!?」
「小十郎、手配は任せたぜ」
「承知しました」

ルカの意思は完全に無視された。それに加え何故小十郎までもが反対しないのだろう。
目立ちたくなかった分落ち込みながら彼を見ると、小十郎はこちらの言いたい事を察してくれたようだった。

「仕方ねぇだろう、お前が危なっかしいからこうなるんだ」
「そんなぁ…」

一体どの辺りが危ないと言うのだろう。首を捻るが、全く身に覚えがない。
それに折角他の女中たちとも打ち解けてきて、さぁこれからという意気込みだったのだ。

「反物屋を呼んでやる。さっさと決めねぇと、政宗様の趣味で固められるぞ」
「駄目! それは何か怖いです!」

去り際の、皆が憧れるアイドルらしからぬにやにや笑いを思い出して、ルカは急いで小十郎の後を追いかけた。



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