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仕事をくれると言ったのは嘘ではなかった。

一応伊達政宗付きの女中、ということになっているらしく、朝から夕方まで、政宗か小十郎にほとんどつきっきりで行動している。

いきなり過ぎて息が詰まる。が、仕事させて貰えるのはありがたいし、あちらはあちらでルカを監視するのにこの肩書きが丁度良いのだろう。

時折政宗たちが忙しくなると解放されるのだが、突然やって来た新人に興味津々の女中たちから質問攻めにあい、とても息抜きとは言い難い状態だ。
しばらくしたら落ち着くかもしれないので、これに関しては時が解決してくれるのを待つばかりである。

問題は、やはり政宗たちとの関係だ。
ずっと前から目をつけられてはいたようだが、浅井に拾われる前の事は知るはずがない。
話すべきなのだろう、もしもこのまま伊達に居させて貰うつもりなら。
しかし、ずっと世話になるわけにはいくまい、という思いもある。

浅井も、織田も、お涼も。
自分と関わった人々が皆命を落としている。
偶然と片付けるにはあまりに重なり過ぎていて、まるで自分が彼らに死を運んでいるような感覚さえあるのだ。
とは言え自分のあの謎の力を解明する為に何をすれば良いのか、このままでは初めの一歩すら踏み出せない。

「どうした、迷子か?」
「あ…」

いつの間にか立ち止まっていた。
振り返ると、小十郎が険しい表情でこちらを覗きこもうとしているところだった。

「いえ、ぼんやりしてました、気を付けます」
「なら、いいが…お前、仕事はもう終わりだな?」
「はい」

今日はもう休んでいいと、政宗からお許しが出たばかりだ。後ろめたい事もないので素直に頷いた。

「…なら、ちょっと付き合え」
「???」

そのまま、用意してくるから待っていろと言われ、大人しく待つこと数分。
その間、すれ違う他の女中たちに不思議そうな目で見られながら庭をふらふらして時間を潰す。

「待たせたな、行くぞ」
「あ、はい」

刀は腰に差しているが戻ってきた小十郎は手ぶらで、傍目には何を用意してきたのかよくわからない。
それこそ全くの手ぶらはルカの方である。小十郎が側にいれば護身の心配はなさそうだーーいや、小十郎に斬られる心配はあるーーが、それで良いのだろうか。

前を行く小十郎に問いかけるべきか迷いつつ、以前よりは慣れてきた大きな背中を見上げる。
まだ完全に信用されているとは思えないが、最初に比べたら近付いている気がする。
ただ、今これから向かう先に見当がつかなくて、ルカは首を傾げた。行った事のない方向へ歩いている。

「あの…一体どちらへ?」
「とりあえず黙って付いてこい」
「はぁ…」

教えてくれるつもりはないらしい。仕方なく背中を追いかけていると、彼は唐突に立ち止まった。

「ここだ」
「は…え?」

そこはどうやら鍛練場のようだ。そんなに広いスペースではないので、一般の兵士に解放されている場所とは考えにくい。
ぽかんとしていると、何時の間にか小十郎が何かを持っていて、ルカに手渡してきた。

弓だ。
美しい塗りが施され、握るとひんやりしている。張られた弦は、触れ方に注意しないとそれだけで怪我をしそうなほどぴんと張りつめている。

「射ってみろ。そんなに強い弓じゃねえ」
「でも…」
「いいから、構えろ。こうだ、矢をつがえるから、持ってろ」
「わ、ちょ、痛た、重っ…あ」

無理やり構えさせられ、放たれた矢は見るからにへろへろで、用意されていた的の遥か手前にぽとりと落ちた。

「……」
「もう一本、いくぞ」

再び矢をつがえてくれたが、小十郎は後ろに下がった。今度は一人でやれと言うことらしい。
しかし、弓矢に触ったのはこれで通算二度目である。恐る恐る引き絞ってみるが、肩と腕が震えているのが分かる。

頭を過るのは、あの得体の知れない渦。
市に無理やり引かされたあの時、その謎の力が発現し、そして信長は姿を消した。

もしまた発現したら。
いや小十郎はそれを期待しているに違いない。でなければ突然こんな事をさせるはずがないではないか。
だが、あの力は、怖い。

「…っ」

やはり力が足りなかったようで、飛び出した矢はまた失速して地面に転がってしまった。からん、と情けない音が響いて、辺りがひどく静かに感じる。
何も起きない事に少し安堵し、ルカは密かに息を吐く。そのままそっと小十郎を伺った。
彼は非常に険しい顔をしていた。

「お前…非力過ぎるだろ」
「いやぁ、あはは」
「…弓じゃねぇほうがいいか…」

と、何やら呟き始める小十郎。てっきりあの謎の力を出そうとしているのかと思ったが、どうもそんな雰囲気ではない。

「片倉様? これ何をしてるんですかね?」
「何って、お前がこれから伊達にいる以上、ある程度戦えなきゃ喧嘩に巻き込まれた時大変な事になるだろう。扱えそうな物探さねぇと」
「は?」

つまり、鍛えてくれるつもりだったと言うことなのだろうか。いやそもそも喧嘩に巻き込まれるとはどういう状況だ。
色々と突っ込みどころのある回答について考えていたら、小十郎が軽く小突いた。

「なんだその顔は。政宗様がお前を伊達に置くとお決めになったんだ、お前もさっさと覚悟決めやがれ」
「……っ」

ドクンと心臓が跳ねる。
こちらの迷いなど、彼には筒抜けなのだろう。
何より、まだ小十郎を信じ切れていなかった自分が恥ずかしい。
言葉に詰まるルカに、彼はほんの少しだけ柔らかい声で言った。

「弱ぇくせに、抱え込むな。一度決めた事だ。政宗様も俺も、今更お前を見捨てるような事は絶対しねぇ」
「は…ぃ…すみません」
「武器は考えておく。それにしてももう少し鍛えておく必要があるが」
「えーっと、頑張ります…」

しっかりやれ、と答えながら転がる矢を片付け始める小十郎。
ルカはぎゅっと弓を握りしめた。



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