蒼
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頂上は既に半壊状態で、扉も政宗が蹴破ったくらいだった。
厳しい表情の政宗の横に並び、恐る恐る踏み出す。
途端目の前を紅い炎が横切り、政宗がルカの襟を引っ付かんで後ろへさがらせてくれなければ焼かれていたかもしれなかった。
「足引っ張るなって言っただろうが」
「ご、ごめんなさい…」
気を取り直して政宗の後ろから状況を伺う。
暑苦しい、と形容するに相応しい雄叫びと共に、華奢な紅い背中が走っていくのが見える。
先程の炎は、彼のものだ。
「真田幸村…」
彼が向かう先、漆黒と深紅が交わる場所。
既に織田と、反織田の連合軍との頂上決戦が始まっているのだ。
しかし信長の攻撃は鋭く、幸村は度々地面に叩きつけられ、半壊の城を更に壊していく。
その凄まじい破壊っぷりに肩をびくつかせながら幸村を追い掛けていたルカだったが、不意に幸村が目をやった場所があるのに気付き、そちらへ視線を向けた。
誰かが倒れている。
「お市様っ!!」
駆け出そうとしたルカを、再び政宗が引き留める。
「邪魔しないから離してっ」
「アンタ一人で辿り着ける訳ねぇだろうが!」
「けど…痛っ」
政宗からきつく腕を捻り上げられ、ルカは唇を噛んだ。
今いる場所からでは、彼女が生きているのかどうかもわからない。
もしかしたら、目をやったという事は幸村は何か事情を知っているのだろうか。
こちらの騒ぐ声が届いたのか、幸村がちらりと振り返るが、彼はすぐに信長へ突進していく。
「ったく…真正面からしか行かねえのかよあいつは…」
苛々した声で政宗が呟き、次いでルカを見下ろす。
「おい」
「な…に…っ!?」
痛む腕に顔をしかめていると、政宗がぱっと拘束を解いた。
が、その腕が今度はルカの腰に回り、ルカの目線も同時にぐるりと回転した。
「へっ!? あっ…うぷっ」
見事なまでに着地に失敗してから、放り投げられたのだと頭が理解する。
驚きながら起き上がると、政宗が蒼い雷を纏って信長の元に跳躍するのが見えた。
幸村の炎と、政宗の雷。さすがに二人の力を前に信長の反応がやや鈍くなる。
「……っ」
先程より近付いた、迫力のあり過ぎる戦闘を目の当たりにして、足がすくむ。
が、政宗が投げたこの場所は、倒れている市にやや近い。ここから合流しろと言うことだろう。
瓦礫を避け、戦いの余波に気を付けながら、慎重に距離を詰める。
「お市様っ!」
あと少しの所から一気に走り寄って、市を抱き上げた。
ぐったりしているが、息はある。
祈るように抱き締めていると、市が僅かに動くのが分かった。
「お市様…」
「ルカ…力をかして……」
うわごとのようにそれだけ言って、市の手がルカに伸びる。たおやかな指先が、戸惑いつつも拒めずにいるルカの頬を掠め、肩に沿って下りていく。
「力を…」
市の手が止まったのは、ルカが持ってきた蘭丸の弓。
「え…弓…?」
ルカが上げた声に応えたのは、市の操る黒い手たちだった。
それらがルカを導き、矢をつがえさせ、弓を構えさせる。
「貴女には…力がある…」
「私……私は、」
「射って」
射てと命じたその声に弱々しさは微塵もなく、ただひたすらに残酷な響きを含んでいた。
「や、待っ……うぅ!?」
触手に無理やり弓を引かされ、弦の重さで肩に砕けそうな激痛が走る。
そんな状態であったと言うのに、放った矢の勢いは恐ろしく敏捷で、かつ、不可思議な光を纏っていた。
――パンッ
爆発音と同時に、カメラのフラッシュのような白い光が一瞬、暗黒色の空を照らす。
そして、ぐにゃりとその辺りの空間が捻れたように見える。しかもその捻れは段々と広がっていくようだった。
「なに…あれ…?」
本能的に、恐ろしい、と思った。
あの捻れに巻き込まれたら、ひとたまりもなくなってしまうのではないか。そんな風に思える光景であったのだ。
「まさか…私の、力?」
愕然としながら、助けを求めるように市へ目を向ける。
触手に支えられながら、彼女は残忍な笑みを浮かべていた。
「いいわ…あれなら…」
「……っ」
ルカを見る市の目は異常だった。
「ね、ルカ…もう一度よ…あれで兄さまを射って」
「……それが…お市様がずっと、私にさせたかったこと…?」
答えはない。ただ、市の奥で触手が蠢くのが見えて反射的に弓を抱え込んだ。
「嫌です、私…あんなの、何が起きてたのかわからないし…もう止めましょう! 妹だからってお市様が信長様に拘る必要は――」
「ルカ…あなたは、きっと兄さまを殺すために、ここへ来たのよ」
「違う…っ!!」
否定はしたが、しかし、ルカの身体は小刻みに震えていた。
もしかしたら市の言うとおりなのかもしれないと思っている自分がいる。だとしたら、今この場で市の要求を拒んでいるのはおかしい。
しかし、今しがた自分から発生した得体の知れない力を、誰かに向けるのは嫌だった。
「あなたは…綺麗なままでいたいのね…誰かに全部押し付けて」
「え…?」
「市を助けてくれるんじゃなかったの……?」
「……」
「そうやって、助けるふりだから…誰も助けられないの…長政様だって…!」
「……!」
ルカの足から力が抜ける。傷だらけの床にへたりこみ、市を見上げた。
今の市からは、怒りや憎しみの感情が溢れている。それも、ルカへ向けたものだ。
抑えきれず、涙が溢れてくる。
「私…は…」
触手が、ルカを包んでいく。
飲み込まれるのだと分かったところで、ルカはここから抜け出す方法を知らない。
「さよなら」
市が呟き、そして――その身が崩れ落ちた。
「……?」
触手が霧散し、ルカを圧迫していたものがなくなる。
代わりに、倒れた市のすぐ後ろで信長が刀を構えているのが見えた。
刀からは、生々しく赤い液体が滴っている。
信長が市を斬り伏せたのだが、それを理解するだけの時間を与えられていなかった。
ルカは呆然としていて、声を上げることも出来ずにいる。
信長が、無造作に刀を降り下ろした。
「おい…っ」
政宗の焦ったような声を聞いた気がした。