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城内の空気が張りつめているのを、ひしひしと肌に感じる。見上げる空は黒い曇に覆われ、時々その厚い雲の中を稲妻が走る。

若干の心細さを覚えつつ、ルカは外に繋がる小さな戸を閉めた。外気が遮断され、部屋の中が暗く、静かになる。

ここは彼女にと用意された小さな部屋で、市から呼ばれれば五分とかからずに参上出来る、そんな位置にある。
とは言え市は今、長政と共に客人を出迎えているから部屋には不在だ。
使用人は夕刻の宴まで各自仕事をしながら待機しており、ルカは雨に備えて城の窓や扉を閉めて回っている。

「織田、信長…か」

魔王と称し、また周りからもそう呼ばれる、市の兄。まだ本人は到着していないそうだが、既にこの城には濃姫や森蘭丸を始め、織田の忠臣たちが集まってきている。

使用人たちは全員、迂濶にうろうろするなと言われているので、皆ひっそりと仕事を続けている。
静寂と無縁の武蔵が居なくて良かったと心から思うルカである。

「よっ、と…」

廊下に出て灯りを付けていると、近づく足音があった。聞き覚えのあるそれに目を向けると、やはり見知った相手であった。
向こうもルカを認め、軽く手を挙げる。

「やあ。働いているな」
「朝倉さんこそ。お出迎え終わったんですね」

長政の友人、朝倉義景である。武蔵が旅立ってからは更に話す機会が増えた気がする。

「ああ。まだ肝心の御方がお見えになってないがな」
「そうですね。宴までにはいらっしゃるって聞いてますけど」
「また慌ただしくなるな。天気も荒れそうだ」

奥方と家臣が来ただけで城の緊張が高まっているのに、信長が来たらこの張りつめた空気は一体どうなるのだろう。
朗らかに笑う義景を見て、ルカは一段と不安を募らせた。

家臣の中には明智光秀もいるはず。先日の文の件といい、この流れは確実に良くない。
いや、勿論世界がルカの知っているシナリオ通りに進むかどうかという事自体、まだ分かっていない。だから手元に集まっている証拠不十分で、明智光秀という男に対するルカの偏見というレベル。

しかしこのまま誰にも言わずにいるのは、ルカには無理だった。
恐る恐る切り出してみる。

「あの…凄く聞きづらいんですけど」
「何だ? 何でも聞いて良いぞ?」

拙者とルカの仲ではないか、とにこにこする義景。

ルカは辺りを見回すと、思い切って彼を部屋に引っ張り込んだ。

「朝倉さん、正直にお願いします。織田軍の皆さんは今日、本当に親睦を深める為だけにいらっしゃったように見えましたか?」

途端に、彼の表情はかたくなった。済まぬな、と一度離れて戸が閉まっているのを確認すると、しばらく考え込む。
もしかして怒られるかと思ったが、彼は真面目な顔で尋ねてきた。

「…何故、そのような事を聞く?」
「…お市様を、見ていれば誰だってそう思います」

彼女の塞ぎ込みっぷりは、穏やかな時の彼女を知る者からすると相当な落差だ。なのに長政や他の家臣の前で彼女がそんな素振りを見せないのも、それはそれでおかしい。

未来を知っているかもしれないとも言い出せず、ルカは市の様子と文の事をかいつまんで話してみる。
彼は黙って聞いていたが、やがて険しい表情でうつむいた。

「……まさか、どこからか漏れて…」
「え?」
「ああいや、とにかく、この件は拙者に任せてくれぬか。確証が持てぬ上、ルカ一人で抱えるには荷が重かろう?」
「そうですけど…いいんですか?」
「むしろ話してくれて助かっている」

にこやかに告げられ、ルカは「じゃあ…」と頭を下げた。彼がそれとなく長政に言えば、何か変わるかもしれない。
だいぶ気が楽になって、ルカはほっと息を吐く。

しかし。

「ルカ、大変だよ!」

廊下から大声で呼ばれ、ルカは慌てて顔を出す。
そこには既に市の世話係が全員集合していた。

「どうしたんですか?」
「それが…」

ルカと一緒に義景が出てきたのに驚いていたが、すぐ厳しい表情に戻ってルカに告げた。

「お市様が見当たらないのよ。お部屋に戻る途中、いきなり居なくなってしまわれて。どんなに気分が良くなくてもこんな事無かったのに! それにもうすぐ信長様もいらっしゃるでしょ? うまく言えないけど、今日は凄く嫌な感じがして…」

ルカと義景は思わず顔を見合わせた。

「…探しましょう。私、外を見てきます」
「頼んだわ!」
「では拙者は長政殿に知らせてこよう」
「お願いします!」

雷鳴が響く中、皆は散り散りに走り出した。



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