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一週間が過ぎた。

探していた姿を見つけて、ルカは庭に飛び下りる。

「武蔵!」

名前を呼んで肩を叩く。座りこんでいた武蔵が、そのまま顔を上げ、ルカを見てニッと笑った。
ルカも笑顔を返す。

「一緒に休憩しよ♪」
「おう!」

頷いた武蔵が櫂を置くのを見ながらその横に座る。抱えてきた包みを開くと、大福が現れた。

「お、うまそー!」
「でしょ。お市様のお気に入りのお店なんだって」

早速大福を手にする武蔵。ルカも一口食べてみた。口いっぱいに甘みが広がり、幸せな気分になった。

「んーおいしい!」
「お前、幸せそうに食うなぁ」
「武蔵だって」
「そーか?」
「そーだよ」
「だってうめぇし」
「だよねぇ」

へへ、と二人して笑って、二口目を頬張る。
お茶持ってくるの忘れたな、と思いながら、ルカはのんびりと空を見上げた。快晴とまではいかないが、程よく晴れて程よく曇って、過ごしやすい陽気である。

「武器の補強してたの?」
「おう。おれさま印の新しいやつな」
「へーえ」

いかにも日本屋敷らしい風流な庭に、不釣り合いの櫂が数本、彼の横には置いてある。

「ここに木を足したから、前より折れにくくなったんだ!」
「じゃあ、そっちなら武蔵の強さに付いてこれるって事?」
「いーや、まだまだだな。おれさまの全力はもっとすげぇぞ!」

正直ルカが近くで見ても似たり寄ったりだが、彼にはこだわりがあるらしく、得意気に語り出した。せっかくだから下手に突っ込むのはよそう、と聞き役に回る。
一週間で彼の扱いに随分慣れた気がするルカである。


お市に(強制的に)側にいる事を誓ってから、ルカは女中として城に置かれている。
やる事は主に、市の話し相手と多少の身の回りの世話。時間が空けばこうして自由に出歩け、快適に過ごしている。

武蔵は長政と何らかのやり取りを行なった末、客人として今度は堂々と城に居座っていた。
どんな会話をしたらそういう事になるのかルカにはさっぱりだったが、長政は別段武蔵を悪呼ばわりするつもりがないようである。

「不思議な扱いなのは私の方か…」
「ん? 何か言ったか?」
「何でもない。そうだ飲み物貰ってくるよ」

手を拭きながら立ち上がると、廊下を歩いてくる長政と目が合った。
ルカが姿勢を正してお辞儀していると、長政が廊下の端にやってくる。
武蔵とルカを交互に見、僅かに微笑んだ。

「休憩か」
「はい。長政様はこれから鍛錬ですか?」
「ああ、そうだ」

当然だ、と言わんばかりに勢い良く頷いてから、彼はぽっと頬を赤く染める。

「時に…市は、どうしている…?」
「先程少し散歩をしましたので…今はお部屋にてご休憩中かと。お元気ですよ」
「そ、そうか…」

その後に続く言葉は残念ながら庭の二人まで届かない。笑いを堪え、ルカは長政に提案した。

「実はこの後、お市様がお花を生けるそうなんです。長政様のお部屋までお運びして良いでしょうか?」
「そ…そうするが良い。見る者がなければ無駄になってしまうからな!」
「はい」

ルカにと言うよりかは自分に言い聞かせるように答え、長政は何度か頷くとすたすた歩いて行ってしまう。
姿が見えなくなると、それまで黙っていた武蔵がぽつりと言った。

「なんであいつ…すぐ赤くなるんだ?」
「あははっ」
「なんだよお前まで?」
「いいからいいから! そうだ飲み物だったよね。待ってて」

武蔵を残して庭から上がると、ルカは迷わず廊下を進む。こうしていると、自分でもずいぶん慣れたものだと感心してしまう。
まだ完璧と言えないものの、この城での女中生活は楽しい。

「お、ルカではないか」
「こんにちは!」

出会い頭に話しかけてきたのは、はじめにルカをここへ連れてきた武将だった。明るい場所で見ると意外と若い。朝倉義景という名で、長政とは友人同士らしい。
ここのところ城に在中しているとかで、今では顔を合わせる度他愛もない話をする仲である。

「長政様ならこれから鍛錬だそうですよ?」
「ああ。拙者も行くつもりだったのだが、つい今ほど姫様宛てに文が届いてな。出きればルカから渡してくれぬか」
「はい、勿論良いですよ」

誰からの文か気になったが、聞いてはいけないのだろう。ルカは大人しく受け取った。文からはかすかに何かの香りがする。

「では、頼んだぞ」
「はい。鍛錬頑張って下さい」

にこやかに別れて、ルカは文に視線を落とす。香の匂いがする文など、武士というより貴族のようだ。相手は貴族か、それとも女性だろうか。

「渡してから聞けばいっか」

武蔵の「まだかー」という大声に押され、ルカ結局、深く考える事なくその文を懐へとしまった。


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