閃光

□09
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【復活☆武田道場】

上田、城下町。
その一角に設けられた診療所に、梓の姿があった。

室内は賑わっており、圧倒的に女性と子どもが多い。梓は薬草を掲げながら皆に向かって話していて、和やかな空気が流れている。

「強くはありませんが若干の毒を含みますから服薬にはしないでください。よく洗った清潔な布に汁を浸して、患部に貼り、包帯で固定します」

手際よく実演してみせる梓を、皆がじっと見つめている。
きれいに包帯が巻かれた自分の足を、子どもが興味津々といったようにつついている。

「貼ったところが痛かったりしない?」
「うん、平気! ちょっとスースーするけど」
「それは怪我に効いてる証拠ね」
「梓お姉ちゃん、わたしにも巻いてー!」

度々脱線させては遊びじゃないと怒られているのに、それでも懲りる気配のない子どもたち。柔らかな笑みで場をとりなし、梓は次の薬草を手に取る。

関ヶ原を機に大きな戦が終わり、だんだんと、皆が平和を噛みしめられるようになってきた。

今の自分に何か出来ることはないかと考えて行き着いたのがこのささやかな薬草講座であった。幸村や佐助にも相談して、最初に働いていた診療所の空き部屋を借り、人々に教えることにしたのだ。

ごく簡単な処置だけになるが、それでも知っていると知らないでは雲泥の差。
各地を巡ったことで得た新たな知識も含めて少しずつ伝えていければと思っている。

「それから…」

薬草の効能について語りつつ、部屋を見回す。

その時ふと、入口に見知った顔を発見して、梓は目を丸くした。

病とは無縁そうな若者が一人、困り顔で佇んでいるのだ。梓の視線を追って振り向いた人が見慣れぬ青年の登場にきょとんとしている。

視線を受けて、若者が頭を掻きながら苦笑いを浮かべる。

「ええと…邪魔して済まん、梓殿」

徳川家康。
その、彼の名を聞けばきっと部屋中が大騒ぎになる。
大戦の終わりまで、この城下町でも武田の脅威とその名を囁かれていた重要人物なのだから。

「いえ。驚きましたが…そう言えば、薬草に通じていらっしゃるというお話を伺ったことがありますよ」
「幼い頃は病がちだったからな。通じるという程ではないが、興味はとてもあるぞ」
「そうだったのですか」

家康の返答に頷き、不思議そうにしている人々に彼が幸村の客人であることを告げる。室内の雰囲気が一気に歓迎のそれへと変わった。

「幸村様のところへご案内しますので、この続きは明日にしましょう」

子どもたちが彼に群がろうとしているのを寸前で引き止め、梓は家康を伴って診療所を出る。

幸村のいる城へ向かうのは本当だが、幸村に会わせる為、とはいかなさそうだ。
何しろ彼は、朝から幸村と対談していたはずである。

「徳川様がいらっしゃったとなると…もしや幸村様が…?」
「そうなんだ。つい熱が入ってしまってなあ」

実を言えば、家康がこうして幸村を訪ねてくるのは初めてではない。
大戦を終結させてから、月に数度は必ず来ている。
そして、二人で平和についてであったり、治世についてであったりと、難しい顔でいつも話しあっている。

佐助は、家康の手前見栄を張っているに違いないと己の主君を酷評したが、立派に論じあう幸村の成長ぶりに、梓は密かに感激したりしていたのだ。
初めの頃は。

やはりというべきか、彼は議論が白熱してくるにつれ、難しい話を続けるのに耐えられず、可笑しな雄叫びを上げて城の何処かへ逃げてしまうようになったのだ。
大抵、佐助か心汰に捕まって連れ戻されるが今日は朝から佐助がおらず、運悪く心汰も居合わせていなかったのだろう。
そんな風に油断するくらい、幸村と家康の話し合いは日常的な出来事になってきているのだ。

「ご足労いただいて、申し訳ありませんでした」
「いや、真田と話しているととてもいい刺激を受けるから、ワシもつい問い詰め過ぎてしまった。こちらこそ済まない」

二人で謝りあいをしながら城内に入ると、ちょうど心汰と出くわした。
事態を察した少年が吹き出し笑いしているのを軽く諫めて、梓は続けた。

「徳川様をお願いね。私は幸村様を探してくるわ」
「え、姉ちゃんが?」
「ええ。大事なお客様を放って隠れるなんて…厳重注意です」
「うわぁ…姉ちゃんに怒られたら…」
「心汰?」
「家康様、さぁ行きましょう! 良かったら手合わせしませんかっ!?」
「ああ、良いぞ! しかし、梓殿は武田最きょむぐっ!?」
「わー!! その先は言っちゃ駄目ー!!」

わいわいと騒ぎながら二人が去っていく。

「まったく、もう」

心汰のああいった人懐こさや回転の早さは元々持っていたものでもあるが、表情やしぐさに佐助の影響があるのが丸わかりで、なんだか可笑しくなってくる。

梓自身は、いつの間にか随分逞しくなってきたのではないかと、時々悲しくなりもするのだが。

「…っと、幸村様を探さなくては…」

佐助がいない時、城内の忍隊は梓の指揮下に入る。
指笛で仲間に連絡を入れつつ、梓は幸村捜索に乗り出した。




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