閃光

□08
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関ヶ原の地についてからずっと緊張している心汰の横に立ったのは、前田慶次だった。経験の差か、それとも持って生まれた性質か、彼は相変わらず笑みを浮かべたままである。

「さーて、いつ始まるのかなっと」
「はぁ…慶次兄が時々羨ましいよ…というか、本当に良いの? 前線に立って…まつ様達が待ってるんじゃない?」

何者かにまつが拐われた。その報を受け、慶次はまつを救出すべく上杉の地を出た。
まつの行方は意外なところからの情報で発覚し、謙信が快く上杉の兵を貸してくれたお陰ですぐに解決する事が出来たのだ。
結局、最後は利家も国を飛び出して助けに来ていたが。わざわざ慶次が動いた意味がないが、実に彼らしいと思う。

「大丈夫大丈夫、今頃、利とまつ姉ちゃん、二人で仲良く飯でも食べてるんじゃないかなー?」

帰りの道すがら、まつと交わした言葉は思ったよりもずっと少ない。嵐のような小言をくらうだろうと覚悟していたので拍子抜けしたが、それは、利家が盾になってくれたからだろう。
しかしその利家にだって、あまり自分の今の状況を伝えていない。
ただ、互いの背を預けて戦っただけ。それで、慶次の心を汲み取ってくれたのだ。

「あーあ。敵わないよなぁ…」

守るものがある。その優しく強い意思を、久々に間近で見ることができて嬉しかった。
それを素直に言葉にする事も、何だか照れ臭くて出来なかったけれど。

「慶次兄?」
「良いんだよ。俺も…もう少し戦うってことをしてみたくなったんだ…」

利家も、幸村も、自分にはないものを持っている。それがあるからこそ皆は彼らを慕い、支えようと思える。

幸村がこれから出す答えを、慶次は知らない。隣にいる心汰も知らないだろう。もしかしたら越後に残った謙信は見抜いていたかもしれないが。
合流してから言葉は交わしたが、答えを聞くことはしなかった。
ただ、覚悟を決めた彼を見ると安心して任せられる。託すことができる。

幸村は、守る戦いができる男だからだ。

「空気がちょっと変わってきたなぁ…そろそろ来るかもよ?」
「分かった」

野生の勘とも言える感覚で、慶次が刀を抜き放つ。
神妙に頷いた心汰も刀を構え、周囲に配された兵たちに指示を出す。

この場を仕切るのは心汰。幸村の小姓として働いてきたこの少年に、この場の判断の全てが任されているのだ。
幸村や佐助と共に数々の場を乗り気ってきた彼もまた、幸村と同じものを秘めた立派な武士となった。

遥か後方にいる大将の幸村からは、まだ戦闘開始の指示が出ていない。が、遠くで法螺貝の音色が聞こえた。

「あっち…佐助兄たちのいる方だね」
「やってるねぇ」

前線は今回二手に別れて配置している。一方が心汰率いる武士団。もう一方は佐助率いる忍衆である。
どうやらあちらは始まったらしく、風にのって人の声が飛んでくる。

「……おっと、こっちも当たりみたいだよ?」

慶次がやや緊張した声を出したのに気付いて、心汰もハッと身を固くする。
前方から、荒々しい足音が聞こえてきていた。

蒼に染められた陣羽織の集団。
伊達軍だ。
因縁浅からぬ相手に、武田軍の士気がぐんと上がる。
足軽たちが勢い良く飛び出し、互いにぶつかり始めた。

「じゃ、いっちょやりますか!」
「うん、気を付けて!」

慶次が飛び出していくと、心汰がその背に声をかける。彼自身は後方へ下がり指揮を続けているようだ。
冷静な声音に安堵しながら、慶次は前方の要所を見極める。

「……見つけた…!」

隠しようのない気迫の持ち主を見つけ、一気に迫る。
だが、自慢の大太刀はあっさりと弾き返された。

「うわっと…」
「まだまだ軽いな、テメェの刀は」

落ち着き払った低い声が告げて、鋭い眼光で慶次を睨む。
軍師、片倉小十郎であった。
彼を崩せば雑兵の動きは乱れる。熱くなりやすい伊達軍は特にだ。

「ははっ…言うねぇ。でも、俺なりに重くなってきたところだよ?」
「なら、確かめてみるか?」
「勿論」

答えるや否や、小十郎の突きが迫っていた。大太刀の長さを頼みにそれを振り切り、返し刀で小十郎に斬りかかる。
既に抜刀した小十郎の二太刀目がその一撃を受け止め、稲妻を散らして慶次の目を眩ませる。

「っ!!」
「甘ぇ!!」

つい目を反らした慶次へ容赦なく攻撃を浴びせてくるが、慶次はその軌跡を見ることなく交わし、一息に飛んで距離をとった。

「チッ…」
「へへっ…ありがとさん、夢吉」

耳を引っ張り主人の危機を救った子猿が一声鳴き、再び懐へ潜る。

「これが俺の戦い方ってやつだからさ。悪く思わないでくれよ?」
「悪いとは言わねぇが、な…」

距離を取った途端責め手を緩めたのは、小十郎なりに慶次の本気を感じてくれたということか。

「今は、戦を楽しんでる場合じゃあねぇ。すぐ片付けさせて貰うぜ」
「厳しいねぇ…でも、俺も気になるところがあるから、同意見かな」

気になるというのは、先程から姿の見えない伊達の大将のことだ。もしかしたら既に心汰の元へ行っている可能性が高い。だとしたら、心汰には悪いが力不足は否めない。

再び刀を構えた二人は、ほとんど同時に地を蹴った。




慶次の読み通り、心汰は伊達政宗との対峙を余儀なくされていた。
彼が登場するまでは順調だった指揮が、今はやや勢いをなくしている。
今更、強い相手と戦うことを恐ろしいとは思わない。だが、格の違いというものをまざまざと見せつけられて動揺が隠せないのは確かだった。

以前、上田城で対峙した時とは違う。
政宗から感じる気迫、殺気、全てが戦場に立っているという恐ろしさを思い起こさせる。

「よう、坊主」
「……どうも」

自分を奮い立たせ、心汰は目礼を返した。
政宗がニヤリと笑う。
悪人。
思わずそう思ってしまう凶悪な笑みだ。

「ここは…アンタが守ってるのか」
「そうだよ」

ふうん、と政宗が気のない返事をした、次の瞬間。
鋭く放たれた稲妻が竜のごとくうねりながら地面を抉って心汰に向かっていた。

「!!」

身軽さは佐助の御墨付き。横っ飛びでそれを避け、次の襲撃に備えて前を見据え、斜に刀を構える。

「避けたか。少しは成長してるじゃねぇか」

意外そうな呟きが聞こえ、心汰の頬に朱が差す。

試されたのだ。つまり完全に舐められている。

未熟さ故と言えなくもないが、戦場で前線を任された身を少なからず誇りに思っていただけに、政宗の挑発を受け流すことだけはしたくなかった。

「真田はこの奥か? 良い御身分なこった」
「大将と貴方は、戦わせない!」
「……ほぅ?」
「おれが相手になる!!」

この時発した気迫は幸村に通ずるところがあって、政宗の目には非常に面白く写ったのだが、心汰には分からない。

ただ夢中で刀を握り、政宗に斬りかかる。

「良い太刀筋だ…お前の剣には軍神も関わってるのか」
「っ…!」

政宗の呟きはもっともで、鋭さを秘めつつもどこか舞うような心汰の動きは、軍神と称される上杉謙信から教わったものだ。
基礎的な事は以前から武田式で教わっていたが、しっくりきたのは何故か謙信が教えてくれた太刀だった。

それを政宗が知っていたのか、あるいは刀を交えた今この時に察したのか、もし後者なら彼には恐ろしいくらい余裕があるということだが、心汰は無心で政宗の放つ一撃、一撃を避け、ようやく身体に染み付いてきた反射能力を駆使して反撃を繰り返す。

「お前は…、なぜ真田の下につく?」
「な…に?」
「お前が戦う理由はなんだ」
「……」

唐突に問われて、何故かまず浮かんだのが佐助の顔だった。
いつだったか、同じような問いかけを彼にした気がする。
彼は、何と答えたのだったろうか。

「おれは…おれだって、戦いたかったんだ…ずっと、ずっと…!」

守られてばかりで、答えを求めてばかりで。
いつも一緒にいる佐助や梓は戦っているのに、自分だけが足手まといだった。
それでは大好きな幸村を、苦しんでいる彼を支えられない。

それを、あの時答えをくれなかった佐助に教えられた。

「おれは、幸村さまを信じてる…出会った時から、ずっと」

戦禍に巻き込まれた村で、幸村の名乗りを聞いた瞬間から。
一心に、名も知らぬ村人の弔いをする背中を見てから。
屈託のない笑みで、皆を城下に招いてくれたあの日から。

心汰はずっと、幸村の背中を追い掛けて来たのだ。

「幸村さまと一緒に作る世界が、おれの理想の世界!! その世界を見る為に戦う!!」

六爪を掻い潜り、心汰の刀が政宗に迫る。刃は避けたが、冷気が触れ、羽織を凍らせた。政宗が忌々しそうにそれを払う。

「…生意気な坊主だ」
「……」

たった数回刀を合わせただけで息を切らせてしまい、心汰はがくりと膝をついた。
政宗の覇気にあてられ、体力を消耗し過ぎてしまったのだろうか。
立ち上がれない自分に焦り、脂汗が浮かぶ。

「…だが、悪くないぜ」
「……え?」

心汰がきょとんと顔を上げる。
政宗の独眼は静かに心汰を映していて、どこか楽しそうな光を宿していた。

「……あの、」
「おーいっ!! 心汰ー!!」

慶次が走ってくるのが見え、心汰は開きかけた口を閉じた。
慶次は爽やかなくらいに輝いた笑みを張り付けているが、その後ろを走ってくる小十郎の殺気が半端ではない。

「心汰!! 無事だったか!?」

あっという間に政宗と心汰の間に滑り込んで、慶次がニカッと笑う。拍子抜けしかかったが、政宗の横に並んだ小十郎にビクリとして顔をひきつらせる。

「前田慶次…一目散に俺に背を向けるとは良い度胸だな…!!」
「だってこっちが気になっちゃってさ。あーでも、要らぬ心配だったかな?」

小十郎の殺気をものともせずけらけら笑っている慶次が急に頼もしく感じる。腕を引かれて立ち上がり、気を取り直して政宗を見上げた。

「折角良いところだったんだが、誰かさんのせいで興が冷めたな」
「申し訳ございません、政宗様」
「いや…行くぞ、小十郎」

相変わらずの慶次に呆れたようで、政宗はひらひらと手を振るなり歩き出していた。

「え…」

戸惑う心汰が立ち尽くしていると、慶次がぽんと頭を撫で、顔を覗き見た。

「この場の戦いは終わり、だな」
「終わり…」

どこか腑に落ちない。だが、生死で決着させるような終わり方ではなかった事に、安堵している自分がいる。

「政宗も、何だかんだで変わったのかもな…」
「?」

慶次の呟きの意味はわからなかったが、周囲の兵たちが動き出すのを見て、心汰はようやく自分の刀を鞘に納めた。




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