閃光

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【耳川潜伏戦】

鬼島津。
この戦国乱世にその呼び名を知らぬ者はいないし、強きを目指すならば一度で良いから手合わせしたいと願う相手。

ただ、この男の強さは剣だけではない。その人となりも倣うべき点が多々ある。
戦いを知り尽くした彼が加われば、武田にとってこれ以上心強いことはない。

そう思っていた矢先、島津が九州平定に乗り出した。

その一報を聞き付けて、梓はこの地へ降り立ったのだった。
湯の匂いが立ち込め、独特の熱を帯びた空気が感覚を鈍らせる。
辺りを見回し、梓は腕を組んだ。

「島津様はどちらに…」

気配を読むのは得意な方だと自負していたが、今どうにも探している人物のそれが読めない。

気配を隠すは島津の技。
かつて手合わせをした幸村が畏敬の念をこめてそう言っていたのを思い出す。

既に戦は始まっているのだ。必ずどこかにいるはずなのだが。

慌ただしく出陣していく将兵をやり過ごし、梓はさりげなく合流することにした。
いや、将兵と言っても、彼らは黒くひらひらした装束を纏っていて、とても戦力になるとは思えない。
だが、偽装はこれ以上ないほど楽である。

心の中で謝りながら兵の一人を気絶させ、衣装と仮面を剥ぎ取る。
忍装束の上から纏っただけで、あっという間に紛れこめた。

後は、時々皆が発する謎の教訓におかしな反応をしなければ良い。
と、思っていたのだが。

「宗茂、えぇい、どこへ行ったのです宗茂!」

前方から聞こえてきた子どもの声に、梓は驚いて動きを止めた。
見れば、綺麗な金髪を振り乱し、少年が喚いている。

大友宗麟だ。
鬼島津を相手どって戦を仕掛けている軍の、大将にあたる。
しかし未だ年端のいかぬ子どもが駄々をこねているとしか映らない。戦を仕掛けているようには全く見えないのである。

「早くザビー様を探さねばならないというのに…!」
「恐れながら宗麟様、立花様ならば現在、鬼島津と刃を交えております」
「チェスト島津とお呼びなさい!! 彼はザビー様の教えを受けた同胞なのですよ!!」
「は!申し訳ありませぬ!!」

そんな会話を耳にして、早々に集団から抜け出す。
美しい少年ではあるが、梓の苦手な単語を声高に叫んでいて、ある意味強敵であろう。

島津は既に交戦中。
それでも気配が追えないのは、もしかしたらこのザビー教徒たちの怪しげな叫び声で集中が乱されているからかもしれない。

「修業が足りないわね…私も」

生真面目に呟いて、梓はとにかく足を動かす事にした。

何回か外れを引きつつようやく辿り着けば、そこはあちこち焦げ付いたり抉れたりした地面が広がっていて、隠れ場所を探すのも一苦労だ。

結局、探索中になついてしまった大虎を盾にして、そっと覗き見る事にした。

大きな男が二人。
一人は鬼島津こと島津義弘。もう一人が、宗麟の探していた立花宗茂だろう。

間欠泉をものともせず、両者の放つ雷撃が戦禍を広げていく。
激しい戦闘に見えるが、当の本人たちは会話も交えて、実に楽しそうである。
島津は九州平定に、対する大友軍の大将は何やら彼に用事があるような事を言っていたが、戦闘を見る限り、二人は目の前の戦に熱中しているようだ。

佐助ならば近づきもしないに違いない。偵察中は誉められる行動ではないが、今回ばかりは身の危険をひしひしと感じる。

退こう。
梓がついに決心した、その時だった。

「うん? そこにおるんは梓どんじゃなかね?」
「…!」

不意にこちらを向いた島津がにこやかに言う。

「何故戦場に女性が…?」
「梓どんは戦忍というやつよ。どれ、ここは一つ、梓どんも手合わせお頼み申す…っ!」
「きゃっ…!?」

断る暇もない。
両者の放った雷撃が梓に襲いかかり、間一髪で空に逃げる。

「良い反応です!」

着地するより早く、次の斬撃が来る。これは島津の大剣を足場にしてまた避けた。

こちらの持っている小さな刀では、とてもではないが受け止められない。
再び空中に逃れつつ、印を結んで竜巻を起こす。

「おや、何やら爽やかな風が…」

予想はしていたが島津も立花もそよ風程度にしか感じていない様子で、梓はがっかりした。
十分に距離をとって着地する。

すると、それまで様子を伺っていた虎がすり寄ってきた。慰めているつもりだろうか。
猫のような仕草に少しキュンとしていると、島津が剣を担いで歩いてきた。

「梓どん、幸村どんは元気かね?」
「実を言いますと、その事でお願いが…」
「お待ちを! 我が君も島津殿にお願いがあって参ったのです」

立花が間に立つが、島津が豪快に笑ってその言葉に頷く。

「しからば、まずはおいの話を聞いてくれんか」

はい、と立花同様梓も頷く。
島津は、自分が九州平定に乗り出したのは新時代の波を感じたからだと言う。

かつて織田、豊臣との戦いに勝利し古き時代の象徴とも言えた、武田信玄。彼が病に臥し、彼の後を継ぐべく若い者たちが立ち上がった。

「時代が終わろうとしている…おいは古き時代の男さね。古き時代の終焉を見届ける必要がある」
「その為にまず九州を…と?」

確認するように問いかけた梓に、島津が頷いた。
そこへ、立花が実は、と切り出す。

「ここに来る途中、黒田殿を訪ねましたが…留守でした。かの者の知恵を借りればまた違った答えがあったかもしれませんが…」
「留守…?」

それは聞き流してはならない重要な情報で、梓は眉を寄せた。
より詳しく聞きたい。そう思って立花を見上げるが、彼は遠くを見て何かに気付くなり、慌ただしく走っていった。

「我が君…!」

宗麟がふらつきながらこちらに向かっているのが、梓からも見えた。

荒れ果てた戦場で、彼の乗る台がまっすぐ走れるはずもない。
溝にはまっては周りの者が押し出し、少し進んではまたはまり、という事を繰り返している。

立花が台から降りるように進言するも、聞き入れられず。

痺れを切らした少年は、結局その場で用件を告げる事に決めたのだった。

「チェスト島津!ザビー様を一緒に探すのです!」

数拍の間。

島津の豪快な笑い声が戦場に響き渡った。




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