閃光

□03
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上田に戻ってからというもの、忙しさはさらに増していた。
副将に推された佐助は城の防衛強化に奔走し、心汰も兵糧や武具の準備に悪戦苦闘しているようで、だいぶ疲れているのが見てとれる。

佐助はともかくとして心汰には少し休むよう伝えたが、彼は全然言う通りにしてくれる気配がない。
こういう時だけ頑固なのは、一体誰に似たのだろうか。

結果的に二人の努力に引っ張られるような形で、武田内部は今のところ先日の敗北と信玄の不在という衝撃からゆるゆると脱しようとしていた。

そんな中で幸村はといえば、あらゆる事項の決断に追われる事になった立場の変化に未だ慣れずにいた。

最後は相談して決めようとどこかで思っているその甘さがいけないのだということは理解している。
それでも、背負っているものの重さを考えると思うように思考をめぐらせることが出来ないのも確か。

諌め、叱って、方向を示してくれる存在がないのがこんなにも不安だとは。

「…将…真田の大将! 聞いてる?」
「……うん?」

呼ばれ慣れないそれに生返事をしてしまい、幸村は「あっ」と我に帰って姿勢をただした。
大将たるもの、いついかなる時も気を抜いてはならないとつい先程たしなめられたばかりである。
途端に佐助のため息が聞こえてきた。

「大丈夫?」
「済まぬ。それで…何だ?」
「いや、さ…前に言ってたじゃない? 水底の夢を何度も見るって」
「ああ…」

その事か、と幸村は目を瞬かせた。
なぜ今この時に問うたのかは分からないが、以前ぽつりと話した夢の内容を、佐助は妙に気にかけていた。

それは、ただ水底にいる夢だった。
静かな水の中、遥か頭上より太陽らしき光が降り注ぐ。
もがいても体が浮上する気配はなく、ひたすらに青い世界で幸村は独りぼっちだった。

一度だけ、初めてこの夢を見たその時だけ、美しく哀しい笛の音が聞こえたけれど、今はもうない。

「昨晩も見た」
「そうか…」

頷いた佐助は、次の言葉を選んでいるように見えた。

「この夢に、何かあるのか?」
「いや…」
「どんな事でも良い。教えてくれ、佐助」

佐助はまだ躊躇っていたが、「たぶんだけど」と前置きしてようやく答えてくれた。

「それだけ迷っているってことだと思う」
「迷い…」

聞いてしまえば、納得できない理由が見あたらない答えだった。
俯いた幸村に、佐助が続ける。

「大将…あんたの仕事は決断することだ。その決断が、本当に正しいかどうかなんて…誰にも分からない」
「…?」

言わんとしている事が掴めず、幸村は首を傾げる。

「けど、俺様たちはその決断を信じてついていくんだ」
「…ああ。分かっている」

決断すること。
その行為の重さはここにある。
何千、何万という人々の命がこの決断にかかっているのだ。

「本当に分かってる? あんたがまず自分を信じなきゃ…ってことだよ?」
「!」

試すような視線にぶつかり、幸村の心臓がドクンと跳ねる。
そうだ。迷っているのは、決断するという行為だけではない。自分というものに対しても、だ。

夢の内容を話しただけでそこまで見抜いてしまう腹心にも驚かされるが、指摘されなければ気づけないほど、余裕を無くしている自分自身に一番驚いた。

「そう…だな。済まぬ、佐助」
「謝ることじゃないよ」
「いや。礼を言う」
「あー、まぁ、いいんだけどさ…」

照れくさいのか、佐助の反応が鈍い。幸村は自然と笑っていた。

決断を迫られた時決まって、かつての敵将たちが浮かんでいた。
彼らは皆、この重責を背負い、なお高みを目指して戦いの道を選んでいた。
彼らの立場、思いを何一つ理解できぬまま立ち塞がっていた自分は、一体どう映っていたのだろう。
ようやく同じ場所に立った今の自分はどう見えるのだろう。

「もう…気後れしている場合ではないな」
「当たり前。新米大将だからって、敵さんは甘やかしてはくれないよ」
「うむ」

槍を握り直し、幸村は天空を仰いだ。

碧落の城と呼ばれる天空城が見える。橋を架けねば辿り着けない鉄壁の城だ。

「綾小路殿には大将としてきちんと挨拶もしておらぬし…助力を得る為には絶対行かねばならんな」
「準備は整ってるよ、大将」
「分かった」

頭に叩き込んだ陣形を再度思い出し、幸村は深呼吸した。

「佐助。全部隊に出陣の命を」
「了解」
「此度は俺が先陣を切る。皆は後に続け!」
「はいはい、っと」

慣れないなりに、できる事をやっていくしかない。

走り出した幸村は、後ろ続く頼もしい足音に背を押されるように、勢いを増して敵陣へ飛び込んでいった。
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