短・中編

□弐
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【勿忘草・弐】


太閤豊臣秀吉、その軍師竹中半兵衛から呼び出しを受けたのは、数年前のこと。
まだ一兵卒でしかなかった光にそれが何を意味するのか見当などつく筈がなく、震えながら謁見したあの日の事は、今でも鮮明に覚えている。

踏み入れた謁見の間には既に秀吉、半兵衛が顔を揃え、その前に男が一人かしずいていて、光はその男の名を知っていた。

石田三成。
秀吉の左腕と名高い、光には遠い存在。

そんな人物までいる場所に呼び出された自分は一体何をしたのだ。

内心更に怯えながら、指をつき、頭を下げた光に優雅な声がかかる。

「顔をあげたまえ、三成君、光君。今日は君たちに話があって呼んだんだ」
「は…」

驚きながら顔を上げる。すぐ前で、三成も半兵衛を見ていた。

「光君、君の最近の活躍は僕の耳にもよく届くよ、大変心強く思っている」
「も、勿体無き、お言葉…っ」

三成の居抜くような視線を感じ、光の返答が尻窄みになっていく。
それを解っているのかいないのか――絶対解っているのだろうが、半兵衛が極上の笑みで続けた。

「君に、三成君を支えて欲しい」
「そ、それは…」
「戦場における三成君の補佐、という意味も勿論あるけれど…それだけじゃないよ?」
「…」
「三成君に嫁いでくれたまえ」

にこにこと音が聞こえてきそうな程良い笑顔の半兵衛に、横にいる秀吉が重々しく頷き同意を示す。

光と三成はそこでようやく互いの顔をまじまじと見合わせたのだった。



************



今思い出しても何の思惑だったのか全くわからない突然の婚姻。

光に拒否権はなく、敬愛して止まない秀吉と半兵衛から直接下されたとあらば三成が反論する筈もなく、光が何も言えずにいる間にどんどん話が進んでいった。

それから、数年。

半兵衛の死、次いで起きた徳川の裏切りにより秀吉を失い、取り巻く環境は目まぐるしく変化した。

けれど、相変わらず光は三成と夫婦のままで、補佐役としてあらゆる戦場へ赴いている。

とはいってもろくに会話はなく、目を合わせる事も稀である。まじまじと顔を見たのは、それこそ結婚を言い渡されたあの日ぐらい。
それで夫婦と言えるかどうか光は正直わからなかったが、出ていけと言われないのを良い事に未だ三成の屋敷で暮らしている。

今日はそろそろ鍛練から戻る頃合いだろうかと思い巡らせ、光は自室でそっと袷をゆるめ方脱ぎになった。

庭の木にいた猫を助けたは良いが、その時に腕を怪我してしまったのだ。

三成に知れれば愚鈍だのと何だのと不機嫌極まりなく責められるに決まっているので、できればこのまま無かった事にしてやり過ごしたい。

あまり大きな傷ではないし、生活に支障はない。具合を確認してこれなら大丈夫だと服を戻そうとした、次の瞬間。

――スパンッ!

突如響いたそれは、背後の障子が勢い良く開いた音で、この屋敷でそんな開き方をするのはただ一人、屋敷の主だけ。

「あ…」
「!」

――ピシャァァン!

光が慌てて目をやった時は今開いたその戸がまた勢い良く閉まっていくところで、あの綺麗な銀髪が僅かに見えたかどうかという、本当に一瞬だった。

もしかしたら湯浴み中と勘違いして慌てて閉めたのかもしれない。
それはそれで、失礼かもしれないが三成が可愛いく思えて笑みが溢れる。が。

「おい!」
「えっ…!?」

怒りを含んだそれと共に再び障子が開き、今度はしっかり目があった。
その目が、ギロリと光の腕に向く。

「その怪我はなんだ」
「あ…え、と…」

あの一瞬で気付くとはなんという目敏さ。
しどろもどろで俯いたり横を見たりしている間も三成の強い視線が外れる事はなく、結局、光は全て正直に話すことになった。

「……という訳です。全て私の不注意で…」
「痛むのか」
「打ち身で赤くなっているだけでそんなに酷くは…え?」

罵倒されるとばかり思っていたのに質問がきたので、光はびっくりして顔を上げた。

「それで、どの木だ」
「は…」

再びの質問に思考停止したら二度言わせる気かとばかりに鋭い視線が飛んできたので、慌てて庭を指差す。

「あ、あの、右隅の…」
「解った」

言うが早いか、三成が持っていた刀に手を添える。
鍔鳴りがしたと思った時には、光が指差した立派な梅の木が、薪のように裁断されていた。

「え…え!?」

ただでさえ殺風景な庭だったのが更に何もなくなってしまったではないか。

「……フン。無駄なものを置くから無用な怪我をする。当たり前の事だ」
「あああの」

何か違いますと頭の中で返しつつ、光は慌てて立ち上がる。
が、肩を押されて尻餅をついた。

「そんな格好で出歩く気か」
「は…っ。申し訳ありませ…」

よく考えなくとも方脱ぎ状態のままだったので、三成の言うことは正しい。
のだが。

「……!」

今三成と話している間もずっとこの格好だったのだと気づいて光の顔が真っ赤に染まっていく。

「…着替えたら夕餉を持ってこい」
「は、はいっ…」

静かに障子が閉まる。遠ざかる足音を聞きつつ、光は頬を押さえてうずくまった。

「どうしよう、恥ずかしい…っ」

この時、彼女の部屋から数歩離れた廊下で、頭から足の先まで真っ赤にした三成が同じようにうずくまっていたことなど、光は知るよしもないのだった。



20140103
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ほのぼの…になりましたか……?
いつまでも新婚さんどころか付き合いたての彼氏彼女(笑)




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