色々夢

□紅天女
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彼女は戦場とあらば姿を現した。

顔色一つ変えず、息一つ乱さず、淡々と天人を斬り伏せるその姿は、ただただ、秀逸。
と桂でさえそれ以外の説明ができなかった。しかも銀時が彼女を見つけるのはかなりの低確率で、大抵は後から聞いて知る羽目になる。

結局のところ、誰も彼女の本当の名を知らない。彼女がどこでその剣術を身につけ、そしてどこから来て、何故攘痍に参加しているのか、誰も知らなかった。

だから、いつかのように斬り殺されるんじゃないかと内心ハラハラしながら、ある日銀時は彼女の後を追いかけた。



俺もあの頃は若かったよな、と少し懐かしく思う。それでも銀時は自分が変わったという自覚はない。

戦いに明け暮れたあの日々から、自分は何も変わっちゃいない。
変われない、とも言うし、それが彼女と繋がり続ける唯一の方法だから、でもある。

『俺は変わらない。けど、お前は変われ』

いざ彼女を前にして、気付いたら銀時はそう口走っていた。

手入れの行き届いていない路地を抜け、明らかに素人が作ったと分かる粗雑な墓の前に立つ。
瞬間。
小さく、金属の音がして、髪が少し犠牲になった。はらりと落ちていく銀髪を眺め、ため息をつく。

「あ〜あ〜、ちょっと何してくれてんの。この歳になるとねぇ、さすがの銀さんも髪には色々繊細にならざるを…」
「何しにきた」

相変わらず、冷徹な声だ。
久しぶりだというのに、吐かれたセリフも記憶の中のそれと一致する内容で、銀時は苦笑した。
大人しく手を上げると、喉に突きつけられた刀が目の高さまで持ち上がる。

おっと、と声を漏らして、銀時は上半身を反らせた。

「何しにきた」

再度の問いかけには、やや殺気がこもる。しかしこれくらいで引き下がるなら、最初からここには来ない。
銀時は敵意のない笑みを浮かべると、上げたままの手をひらひら振ってみせた。

「まぁいいじゃないの何しにきたとかそういう事はさぁ」
「……」

呆れたというより、興味を無くした、といったふうに、彼女は刀をしまった。
既に墓参りを済ませてしまったようで、そのままスタスタと歩き始める。
頭からすっぽり被った白いマントが翻り、未だに手を上げて立ちつくす銀時の横を通り過ぎていった。

「…クーデター、行ってきたんだって?」

今日は良い天気だな、とでも言うような呑気な声で、銀時は話しかける。
彼女の足が一瞬止まった。

「お前もよくやるねぇ…こんだけの花を…」
「黙れ!」

珍しく声が荒くなった。銀時は苦笑して振り返る。
少し、距離を置いて向かい合う二人の周りに広がるのは、一面の花畑。

柔らかく風が吹き、花々と彼女のマントを揺らす。ふわりと、フードが滑り落ちた。
無造作に伸びた黒髪が露わになる。日を浴びて、それは絹糸のように輝いて見えた。その下には、秘境の泉のように澄んだ碧の目。きつく閉じられた口元には、笑みが浮かぶ兆しはない。

銀時は思わず目を細めた。

「変わんねぇな、お前。全くもって良い事だ」

うんうん、と妙にじじくさく頷く彼に、彼女は少し不審そうな目を向けた。

「……変われと言ったり、変わるなと言ったり…貴様は一体何がしたい」
「うん? それとこれとは話が別だな。どうよ、そろそろ殺人稼業やめて花屋に転身したら?」
「くだらん」
「いやいや、うちの隣の花屋の店長に会ったらそんなセリフ絶対言えなくなるから」

かなり本気で言ったのだが、彼女には伝わらなかったらしい。淡々と花の間を縫って歩いている。

「ここの花、近所のガキに何て呼ばれてるか知ってっか?」

少し声を張り上げてみる。この距離なら聞こえるだろう。

「神様の花、だってよ」

ついに彼女は立ち止まった。

「単純だからこそか? なかなか鋭いじゃねぇか。ここにあんのは、戦場を血で染める『紅天女』が、その手で一つ一つ植えた花だ…散った命の代わりに、な」

その言葉に答えるように、花が揺れる。それを見て、銀時は小さく笑った。

「俺にはな、この花…泣いてるように見える。綺麗かもしれねぇが、ここには人が寄りつかねぇんだよ…神様の花には、誰も触れちゃいけねぇってな」

それはまるで、彼女の生き方そのものようで。それがとてつもなく、哀しい。

「もう、いいんじゃねぇか? お前は、もっと別の生き方ができるはずだ。お前だって本当は…」

変わりたいんだろ、と続くはずだった言葉を、銀時は不意に飲み込んだ。

「白夜叉」

彼女がそう、呟いたので。

「私は変わらん。お前もまた変われぬように。だが………ありがとう」
「!!」

彼女は去って行く。また次の戦場に向かうのだろう。
分かってはいたが、銀時にはもう止める術がない。

「あ〜あ〜。これで俺、フられんの何回目?」

わざとらしく嘆いてから、銀時は遠ざかる黒髪を見送った。
また絶対会ってやるからな、と想いを込めて。
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