色々夢

□紅天女
1ページ/4ページ


「寄るな」

無感情な、としか表現しようのないその声を聞いて、銀時は足を止めた。
先程まで続いた戦争の興奮が冷めない中ではあったが、別段声を張り上げたという訳でもないその声は何故か鮮明に聞きとれた。

見れば、女が一人、数人の男に囲まれている。
銀時は汗と血で肌に張り付く髪を邪魔そうにどけると、地面を引きずっていた刀を持ち上げた。

「おーい、ちょっとあんたら」

男たちに向かって声をかける。場違いに間の抜けた銀時の声にはすぐ反応があった。
なんだこいつは、と露骨に嫌そうな顔で男たちが振り向く。

女が動いたのはその時だった。

「な…」

その男はおそらく「何だお前は」と銀時に言おうとしたのだろう。しかしその口が次の音を出すより先に、男の体は地面に沈んでいた。
銀時はただ驚いてそれを見ていた。勿論彼がやっのではない。

女がやったのだ。

しかも、全てを視界に入れていた銀時ですら、目で追うしかない速さで。

「…」

さっきまで囲まれていたはずが、女はもう一人きりでそこに立っているだけだった。

銀時の助けなど、元からいらなかった訳だ。むしろ男たちには悪い事をしたかもしれない。

「お前…」

なんとなく発してしまった為、続く言葉は見つからない。結局押し黙る。
女は淡々と刀を鞘に戻し、銀時に背を向けた。

「いや、あの…」
「……」

無視かよ面倒くせぇ奴だな、とくせのある髪をわしゃわしゃかきまわして、銀時は去って行く背中にようやく浮かんだ疑問をぶつけた。

「お前さ、名前なんてーの?」

答えは当然のようにない。しかし彼は腹を立てる事もなく、その後ろ姿を見送った。

あの女とはまた絶対会う。

その予感が、あった。








【紅天女】
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ