色々夢

□小話(秋水)
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小話1

耳を隠すだけで、ほとんどの人は相手が猫族であることに気付かない。
複雑な思いをしつつも、関羽は変装し街中で簡単な聞き込みをしていた。

兗州に来てから、曹操はとてつもない早さで軍を拡大させており、人々からの信頼も厚い。理由が気になるのは当然だろう。
曹操の屋敷で世話になっている上、楊采など、何でも教えてやろうなどと言っていたが、さすがに面と向かって聞けなかった。それに、街の人から彼女の耳にも入らないような事が聞けるかもしれないと思ったのだ。

そうして、聞き込みを続けること半日。
分かったのは、この街の人々の大半の女性が夏侯惇と夏侯淵、それに楊采の三人に熱を上げている、という事だった。

彼らはこの地にのさばっていた黄巾賊残党を討伐し、兗州の平定を進めている。
三人とも、街の人々にとっては英雄なのだ。

街が落ち着いた今は彼らが揃って街中を見回っている事もあるそうで、その時の様子は、あらゆる女性たちから事細かに観察されていた。

積極的に人々に声をかけ、様子を聞いて回る楊采。それに便乗して店先を覗いては菓子を買い込む夏侯淵。二人を見守りつつ、時折軌道修正する夏侯惇。
この三人の関係性が、何故か女性たちの心を掴んで離さないらしい。
楊采の人当たりの良さは天性のもので、女性だけでなく子供たちからも人気があるので、それは分かる。夏侯淵はまあ良く言えば素直であるし、夏侯惇も無愛想ではあるが真面目なので、きっとそれが礼儀正しくみえるのだろう。

そんな訳で、誰を慕っているかという話題が、若い女性の間でもちきりなのだ。

「ねえ、そういう貴女はどなたを?」
「わ、わたしは…」

興奮気味の女性から逆に質問され、関羽は返答に窮した。

「やっぱり楊采様? とても気さくに話しかけて下さるし、気遣いが細やかで、何よりあの柔らかな微笑みがとても素敵よね」
「あ、ええ…」
「でも、夏侯淵様も魅力的だわ! 楽しそうに笑っていらっしゃるお顔がとても…!」
「は、はぁ…」
「それなら夏侯惇様だって! 寡黙な方だけど、あのお二人とご一緒の時だけは笑っていらして…あの様子を見たら貴女も夏侯惇様の虜になるわ!」
「ええ、と…」

怒濤の勢いで詰め寄られ、関羽は若干の恐怖を覚えた。
立場が変わるとここまで認識が変わるものなのか。楊采はともかく、夏侯惇たちから嫌味を言われ続けている関羽にとっては、彼らへの賞賛は鳥肌ものである。

しかし、キラキラと目を輝かせて語る彼女らが今、平和を噛み締めている、ということでもある。なにせ、少し前まで外に出歩ける状態ではなかったのだ。それを可能にした夏侯惇らに好意を寄せるのは当然なのかもしれない。

真面目にそう思い直し、質問にどう答えるか思案する。期待に満ちた視線に思わず後退りした。

「…おっ、と…すまない」
「こちらこそ!」

背中から誰かにぶつかり、関羽は謝ろうと慌てて振り返る。
するとそこにはなんと、話題の一人である黒ずくめの武将がいるではないか。

「きゃあ! 楊采様ー!!!」
「やあ、皆今日も麗しいね」
「そんなっ…もう、楊采様ったら…!」

黄色い声に微笑みを返して、楊采はそのまま女性たちと話を始める。気まずいので退散したいのに、楊采が女性たちから見えないように服を掴んでいるので動けない。
すると、更に二人の男が近付いてきた。

「おい、楊采。いつまで話してるつもりだ」
「遊んでいるなら置いていくぞ」

まず夏侯淵。女性たちの歓声が更に大きくなり、顔をしかめつつそこに夏侯惇が加わる。

「はいは〜い。じゃ、そろそろ日も暮れるし、君たちも家にお帰り」

楊采に促され、女性たちは残念がりながらも家路につく。
それを見送っていると、楊采が笑いかけてきた。先程まで女性たちに向けていたよそゆきのものではなく、関羽がよく知るいつもの笑顔だ。

「凄かっただろう」
「ええ…驚いたわ…」

どうやら、困っていたのを見抜いて助けてくれたらしい。屋敷に向かって歩きながら、関羽は重々しく頷いた。

「ふん、くだらん」
「本当はモテて嬉しいくせに」
「そ、そんなもの興味などない!!」
「え、そうなのか兄者?」
「だから、興味ないと言──」
「で、関羽の聞き込みでは誰が一番人気だった?」
「え!?」

楊采はニヤニヤ笑っている。また「くだらん」と言って話を切り上げてくれないかと期待して夏侯惇を見るが、夏侯淵と二人してこちらの返答を待っているようだった。

「ちょっと…そんなに気にする事じゃないでしょう?」
「気にしてる訳じゃないが、お前の聞き込み能力はアテにならなそうだから、事実と違うようなら訂正しておく必要がある」
「しっかり気にしてるじゃない!」

もっともらしい顔で言い出した夏侯淵に思わず返していると、先に歩いていた楊采がけらけら笑って振り返る。

「なるほど、じゃあ、正しくは私が一番って事で覚えといて? ねっ☆」

颯爽と屋敷の門をくぐりながら、楊采が流し目をよこしてくる。
それを遮るように飛び出した夏侯淵がびしっと指を突きつけてきた。

「なっ!? おい女! 違うからな! 俺様たちがこいつに劣るはずないだろ!! だよな兄者!!」
「それは…って、だから俺は興味ないと言っているだろう!」

顔を赤くした夏侯惇がそれに続き、関羽は屋敷の外に残されてしまった。

「ふふっ…張飛や関定たちと変わらないわね」

とにかく言えるのは、街の人々が英雄と称賛する三人の実情は、街の人々が思い描くようなものではないという事だろう。

「関羽ー! 門、閉めるから早くおいでー!」

門の向こうで楊采が手を振っている。その後ろで、一応ながら夏侯兄弟も待っていてくれるのが見えた。

「ええ、今行くわ!」

耳を隠していた巻き布を取りつつ、関羽は門をくぐり抜けた。
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