色々夢

□小話(秋水)
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馬超の話を聞いていた夏侯惇は、僅かに目を細めて俯いた。痛みを堪えるようなそれは、話に聞く、天下を轟かせる勢いの曹操軍の苛烈な評価とは程遠い、人間らしい一面に見える。

「…それについては、曹操様にも報告をし、早急に対処させてもらう」
「早急ね……そりゃ、いつになるんだか?」
「……構わないなら、今からでも」
「は? 今って」

悠長な事など言ってられない。その気持ちを込めて返した皮肉には、大真面目な視線が返されてしまった。
呆れる間もないうちに、夏侯惇が美女へと視線を送る。それを受けて、美女は嬉しそうに微笑んだ。

「じゃあ、今から対策しようか、馬超殿」
「は?」

優美な見た目に反し、驚くほどあっさりした声音で告げられてしまい、馬超は呆けてしまった。

「え? あんた、まさか」
「ふふ、自己紹介はしないよ。まあ挨拶代わりに立て札の許可はしていくからさ。大丈夫、私より偉い人って曹操様以外に居ないし」

もうそれは自己紹介しているのと同じである。

何はともあれ、そうして美女が授けてくれた、その策。
どこかで聞いたようなものではある。立て札をして、投降を呼び掛けるという単純なものだ。
投降の条件は、曹操軍の兵士として、あるいは曹操の治める地で農民として暮らすこと。準備資金や装備は全て曹操軍が揃えてくれる。

夢のような話だ。

「本当に、これでおさまるのか?」
「じゃ、見せしめにあれ、立て札の近くに置いていこうよ。従わなかったらこうなるよって」

無邪気なくらい自然な流れで言ったが、美女が「あれ」と指差したのは元の顔の形も分からないほどぼこぼこに殴られ、震えて泣いている賊の一人である。

「……あんた鬼か」
「死なない程度に手当てして、食糧持たせてやれば大丈夫だろう…おい、お前、頑張って同類を説得しろよ。頑張りによってはお前は一兵卒ではなくもっと上の地位から始めさせてやろう。家も持てるぞ」
「ひいぃいい」

馬超は美女に何かを言うのを諦め、少し離れたところににいる夏侯惇の元へ向かう。

「なあ、あれって、楊──」
「俺の妻だ。気安く呼ぶな」
「…そうかい。素晴らしい奥方をお迎えのようで」
「……もう慣れた」

その言葉が、明後日の方を向いて紡がれたという事実について、馬超は見逃してやる事にした。
代わりに、別の確認をしようと口を開く。

「ところで、本当に賊の対処に来たわけじゃ無かったんだろ」
「これは本当に行き掛かり上の事だ。あいつが放っておける筈もないしな」

視線の先で、いつの間にか馬超の部下たちがすっかり懐柔されてきびきび働かされている。しかもちょっと嬉しそうだ。これが曹操の片腕と称される人間の実力なのだろう。

「…礼は、しないぜ」
「いらん。そもそもお前たちに落ち度はない」

意外といって良いものか。彼らは馬超が思っているより、よほど清廉潔白な人種だったらしい。

「はは、狡いなあ、これは」

彼らが迎えてくれるなら、曹操軍は悪いところではない気がする。
そう、一瞬でも思ってしまったのだから。

「…あー、それで、本当に何用でここ通ったわけ? 聞いたら不味い内容?」

話が逸れた事に気づいて修正するも、夏侯惇はなにやら言いにくそうに口ごもってしまう。
また戦でも始まるのだろうか。その為の視察なのではないか。
しかし、勘繰る馬超の不安は、ふわりと距離を詰めてきた美女によって溶かされる。

「心配しなくてもこれは旅行だよ、ただの」
「旅行?」
「そう。曹操様が…休暇出すから二人でどっか行ってこいって」
「………」

目をやれば、夏侯惇は耳まで真っ赤になって目を反らしている。
馬超は再び、何とも言えない感情が沸き上がるのを自覚した。

「あーそう。なるほど…ゴチソウサマ」
「やり方はあんたの部下たちに全部話したから、対応よろしくなー」
「はいはい、いってらっしゃい…」

敢えて無感情を装って手を振れば、美女が楽しそうに笑って夏侯惇の腕を引く。馬の側まで行く頃には、彼の方も満更ではない表情で彼女を抱き上げ、二人で馬に乗っていた。
彼らはそのまま、軽く手を上げた後走り出し、振り返る事はなかった。

「あー…なんだろ…くっそ…」

羨ましい、などとは思っていない。決して。
決してだ。

馬超はひたすらそう言い聞かせ、憤然と馬を走らせる。

賊の取り締まりは、それから数週間という異例の速さで終息するのだが、旅する二人には最早知る由もない事である。






20190318
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お読み頂き、ありがとうございました。
前話で休暇を貰う話になっていたのと、馬超くんを出そうと思っていたことが重なりこのような感じに。
甘もエロもない展開になっちゃうのはなんでた…うぐぐ…

と、ともかく、ありがとうございました!


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