色々夢

□小話(秋水)
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小話9-1

作業がちっとも進んでいない事に気がつき、夏侯惇は思考の渦から一旦抜け出すことにした。
頭の中で様々な考えが廻っているのだが、どうにもうまく纏まらない。作業効率が悪くなっている原因はそれである。
それは分かるのだが、今更、気分転換などと言っていられる時間帯ではない。早く終わらせて次の行程に移らなければ今日という日が終わってしまう。

助力を請おうにも、夏侯淵は国境の警備の様子を見に行っていてまだ戻らないし、楊采は今、曹操に付いて徐州を訪問している。関羽もそれに同行しており、あちらで暮らす十三支たちは久々の再会を喜び宴でも開いているのだろう。

というわけで、今この国にいる最高責任者は夏侯惇になる。比較的平和であるし、大きな仕事は楊采が片付けて行ってくれたのだが、日々舞い込んでくる細かい相談や調整は残る。他の者たちも忙しく働き回っていて余裕は無さそうだ。

「……はぁ…」

楊采ならばこの程度の仕事は造作もないのだろうに。
事あるごとにそんな思いがよぎり、己の不甲斐なさに苛立ちを覚える。
やはり疲れているのかもしれない。そう思って暫く目を閉じた夏侯惇は、不意に空気が動くのを感じてびくりと身体を震わせた。

「あ、起きた」
「な、え…は??」
「それ、驚いてるのか?」

面白い反応だな、と楽しそうに笑っているが、息が触れ合うくらいの至近距離に人がいたら誰でもそうなるはずである。

「楊、采…?」

夢だろうかと呆ける夏侯惇の事など気にした様子もなく、目の前の楊采が更に距離を詰めてくる。
これは夢だろうかと息を飲んだ瞬間、こつんと額になにかが当たった。

「!?」
「じっとしているように」
「…!?」
「んー、熱はないみたいだな…」

ぶつぶつ言いながら楊采が離れたところで、触れあっていたのは互いの額だったとようやく理解して真っ赤になりながら額を押さえる。
どうやら、軽く目を閉じたつもりがうっかり眠りに落ちていたらしい。
楊采はどこからか椅子を持ってきていて、向かい側で机を共有しながら書簡を広げていたようだ。

「な、なぜここに居る…?」
「曹操様と関羽を送り届けた後すぐ徐州を発ったからね。さっき戻ってきた」

ちなみに、今曹操の側には国境警備の視察を終わらせた夏侯淵が付いているのだとか。それはそれで視察期間が短すぎて問題がある気がしたが、そもそも、今回の徐州行きは関羽と共に休暇扱いでのんびりと過ごしてくる計画だったはずだ。
疑問でいっぱいの夏侯惇に対し、楊采は机に頬杖をつき、キラキラした目で続けた。

「私の休暇はさ、曹操様が徐州から戻ってきた後、夏侯惇と一緒にとる事にしたんだ」
「……は?」
「…………嫌なのか?」
「そんな訳あるか!」

思わず大きな声になってしまい、どうしようもなくなって結局机に突っ伏す。
恋人の自覚があるかどうか普段の様子では全くわからない仕事最優先人のくせに、なぜ突然そんな事を可愛い顔で言い出すのだろう。

「…夏侯惇?」

ちらりと目をやれば、彼女はなぜ自分の恋人が突っ伏してしまったのか分かっていない様子で首をかしげている。仕方ないので咳払いして誤魔化した。

「嫌ではない……その…どこか行きたいところでもあるのか?」
「特にないよ。夏侯惇はどうしたい? さっき、部下たちから元気がないようだと聞いたが…」
「いや…別に体調は悪くない」

自分と楊采を比較してしまい、勝手に苛立ったり落ち込んだりしていただけである。
そうとは言えないのでうつむきながら答えると、心配そうな声が耳に届く。

「そうか? まあ、色々考えることは多いけど根を詰めすぎないようにな? この辺のは半分貰うし…」
「いや、いい。帰ってきたばかりなのだろう。仕事などいいから少し休め」
「……」

すぐに引き返したと言うが、日数から逆算するとほとんど休めていないはず。なので休ませてやりたいと思っての提案である。
しかし返ってきた沈黙に怒りが含まれているのを察知し、夏侯惇は顔をあげた。
予想通りむっとした表情の楊采がこちらを睨んで、何か言いたげではあるが、同時に、何も言ってやらないぞという意志もありありと見て取れた。




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