色々夢

□小話(秋水)
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小話6 ※恋人設定


朝の光と共に、人の気配を察知して目を覚ます。が、背に感じる温もりの正体を思い出して、またゆるりと目を閉じた。
腰元に回された腕が外れる様子もなく、背に感じる体温と規則正しく聞こえてくる呼吸が楊采の眠気を誘う。

もう少しだけ。
これまで、誰よりも早くから動き回っていた彼女の生活からは考えられないような甘い考えを抱いてしまうほど、優しい時間が流れている。
しかし、鍛えられた腕にぐっと力が入って腹を締め付けられ、夢の世界から一気に現実へ引き戻された。

「楊采…よく眠れたか?」
「あ、はい…おはようございます」

密着度が増した所にかすれた声が聞こえてきて、どきりとしながら挨拶を返す。後ろめたさから反射的に敬語になってしまって内心更に動揺する。

「お前…またやったな」
「う…」

声が低くなったのは不機嫌だからに違いない。そして指摘された内容はその通りなので否定もできない。それでも、先程の反応はまだマシなほうだ。
最初など、すわ敵かと飛び起きて攻撃を仕掛けようとしたのだから。
相手が夏侯惇だから避けてくれたものの、いや避けたからいいという問題ではないのは勿論楊采も理解しているが。

くるりと体の向きを変えると、彼は機嫌悪く目を細めていた。それを見て、的中かもしれないなと予想しつつ一応訊ねてみる。

「…いつ起きた?」
「お前が目を覚ます瞬間発した殺気で」
「すいませんでした」

同じ朝を迎えると、だいたい毎回こんな状態である。夏侯惇は根気強く付き合ってくれているが、いつも人の気配を警戒してしまう。
長い間、一人でいるのが当たり前で、特に楊采は女である事を知られぬようにしていた。その癖がなかなか抜けないのである。

「まあ、それで起きてしまう俺も同じという事だろう」
「うーん…」

起きた瞬間殺気を発するのと、殺気を感じて起きるのは何かが違う気がする。

「そろそろ起きるか」
「うん」

色気のない会話をしているうちに眠気が飛んでしまい、二人でのそりと起き上がる。
ほどいたままの髪を手で弄っていると、すぐに別の指が加わった。
彼はなぜかよく髪を触ってくる。初めは恥ずかしかったのだが、案外心地よいものだと分かってから、大人しく身を委ねることにしていた。

「なあ」
「…ん?」
「お前は…嫌かもしれんが…そろそろ皆に言っても良いか」
「言うって…」
「俺とお前が…その…恋人同士だと」

即答できず、楊采はちらりと夏侯惇に視線を向ける。予想通り、彼は耳まで真っ赤になっていた。
二人の関係は、曹操も夏侯淵も知っている。関羽にも話してある。
しかし、それ以外にとなると、一つ問題がある。

「そうなると、やっぱり私が女だと言わないとなぁ…」

実はこれまで男であると公言した事はないのだが、女であることを隠してきたのは事実。その為、楊采は周囲に男性と認知されている。そうでなければ、いくら功績を上げ曹操から重用されたとしても、完全なる男社会で、周りの人間たちが楊采を認めるはずがなかった。

「別に今更言わなくてもいいのではないか」
「いや、それだと夏侯惇が、」

男色趣味だと思われてしまうではないか。
そう言いかけたところ、夏侯惇もまたハッとして髪をすく手を止めた。

「そうか…それではお前が男色だと思われてしまうな」
「それは夏侯惇もだろう」
「相手がお前なら俺は構わん」
「……」

どうしてそこまで吹っ切れたのだと問いたくなるほどあっさり返されてつい言葉に詰まる。
彼の申し出はありがたいが、周囲に誤解を与えたまま接するのは嫌だ。隠してきたくせにわがままかもしれないが。

「少しだけ…待ってくれないか。まず、私が女だと正式に公表できるか、曹操様に相談してみる」

幼い頃、もう二度と、誰からも女として見られなくても構わないと思っていた、かつての自分が知ったらどんなに驚くだろう。

「ならば俺も同席する」
「うん…ありがとう」

二人のことなのだから当然だろうと優しく返され、ついニヤけそうになってうつむく。
まだ若干の照れはあるようだが、夏侯惇は恥ずかしい事でもはっきり言ってくる。女嫌いと言われていた頃の彼など見る影もない。
そのきっかけ与えたのが自分だというのが嬉しくもあり、恥ずかしくもある。

二人が共にいることで互いの意識が変わり、それが新たな自分を作っている。生まれ変わったと言っても良いくらい、楊采は今、毎日を新鮮な気持ちで過ごしていた。
きっと夏侯惇も同じ気持ちなのだと、隣で優しく目を細める彼を見て思う。

「…着替えて、朝ご飯にしよう」
「そうだな」

ひとつ背伸びをした楊采が寝台を降りたのを機に、夏侯惇も身支度を整え始めたのだった。










その後曹操の部屋を訪ねたところ、

「まだそんな事を話しているのか!」

と延々説教されることになるのだが、それはまた別の話。




20161028
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早く孫の顔が見たいお爺ちゃん的立場な曹操様
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