色々夢

□白雲を抱く
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27-1

別段、ぼんやりしていた訳ではない。遠くを見やるように外へ目を向けていても、楊采の頭の中では様々な問題が列をなしていて、それを片端からさっさと片付けている。
指示を出すだけで終わるもの、自ら動くべきもの、一旦、相談すべきもの、報告だけでもいれておくべきもの、作業を数種類に選り分けつつ、部下が持ってくる相談事にも目を向ける。
それが、楊采の日常だ。

なのだが、この日ばかりは目の前の人物に気を取られ、受け取ろうとした書簡を見事に落としてしまった。

「な……な、んでここにいるんだ!」

どうにか口をついて出たのは、取り澄ますこともできぬままの、紛れもない本音。
それを、柔らかな笑みで流しながら、長身の男は床から書簡を拾い上げる。

「別れる時にお前自身が言っていたじゃないか。何かあれば知らせて欲しいと」

確かに言ったが、まさか真に受けてこんなに堂々と来るとは思わないではないか。
再び差し出された書簡を今度こそ受け取り、楊采は深いため息をついた。

「趙雲……ちゃんと門から入ってきたんだよな?」
「ああ。曹操殿がまだ戻らないそうなので、ここで待っていようかと」

何故ここなのだ。しかも、彼の言い様だと自らここに来たいと申し出たようだ。
だがしかし、今ここにいる夏侯惇たちに相手させても喧嘩になるだけだろう。取り次いだ者も恐らくそれが予想できたので反論しなかったに違いない。

「そうか……いや、ここで待たせる訳にいかないだろうが」
「俺は構わないが」
「そちらの気持ちの問題ではない」

立ち上がり、開いていた窓を締める。薄暗くなった室内をさっさと横切り、戸を開けた。
ここは楊采の執務室、という訳ではない。普段は曹操が使っており、彼が居ない時だけ楊采が座っているのだ。彼が居る時は傍らで補佐したり、別室に控えて仕事を進めている。
なので、この仕事空間に他国の将が居るのは、とてつもなく違和感があるしそもそも認められない。

「着いてこい。客なのだから茶ぐらい淹れてやる」
「そういう事ならば、喜んで」

すれ違った女官に湯の用意を頼み、趙雲を客間に座らせた。
向かいに座り、手にしたままの書簡の目を落とす。

「公孫賛様はどうだ?」
「お陰様で」

椅子に腰を下ろし、爽やかに微笑む彼を見る限り、彼もまた元気そうである。

「そうか。それで……何があったか、お前の口から聞いても良いか?」

書簡は先ほど受け取っている。今しがた、さっと目は通させて貰ったが、文面だけでは伝わらないものもある。

「ああ。あれから、何事もなく過ぎては居たのだが……先だって、徐州の陶謙殿が戦死され…猫族が国を統治するようになっただろう?」
「そのようだな」

情報操作は既にしてある。楊采はあの戦いに「居なかった」事になっている。趙雲、つまり公孫賛側が真相を掴んでいるかどうか、今は判別できないが。

「袁術にとって、由々しき問題と捉えているようだ。袁術がわざわざ手を組みたいと言ってきた」
「幽州にか? 公孫賛様が承諾する筈がないな」

公孫賛は猫族贔屓である。それは、猫族について多少なりとも調べようとすれば、幽州で必ず耳にする事だ。
彼にはかつて、妻に迎えようとした猫族の女性がいた。故あって、それは悲恋に終わってしまったらしいけれども。

「……そうだ。となると、待っているのは」
「袁家からの挟み撃ちか。相変わらずネチネチしたやつらだな」
「……クッ」

挟み撃ちと言っても、方法は様々ある。武力に頼りがちな袁術と違い、袁紹はもっと苦しませる選択をするだろう。事態は深刻である。
しかし、楊采の稚拙な表現が面白かったようで、趙雲は笑いを堪えている。
その様子を見て妙な満足感を覚えつつ、楊采はそっと目を反らした。

「……まあ、少しくらいなら手伝えると思う。こちらからも、動きを合わせて冀州をつついてみよう」
「助かる」

袁術も袁紹も、あまり仲が良い方では無いはずだ。一つ綻びが出ればきっとすぐに崩れていくだろう。
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