色々夢
□白雲を抱く
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「それで、何があった」
のんびりしているようで、楊采の目はそうでないことを伝えてきている。
「先ほど、先行していた猫族たちがこんなものを持ってきまして」
どうやら、自由に行動させているのではなく、先見隊として使っていたらしい。まぁ、上手いこと言って丸め込んだのだろう。
互いに馬上である。訓練の行き届いた馬たちは危なげなく距離を保って並走しており、差し出された書簡を受け取った曹操は、ざっと中に目を通した。
「……これを、持っていた者は?」
「渡した後、息を引き取ったようです」
「ふむ…」
思案しているような顔はしてみせたが、曹操の中で答えは既に出ている。
待ちきれなかった夏侯惇らが楊采に問いかける。
「おい楊采、何があった? 誰からの書簡だ?」
「あぁ、徐州の陶謙様から救援要請だ。袁術に攻め入られてて大変らしい」
「袁術…」
楊采や夏侯惇たちからすると、本来袁術も呼び捨ててはならない身分の相手だが、誰もそこは訂正しない。人徳というのは大事である。
「さて、どうしましょう?」
「ふ…、助けを請われたのは私ではないからな」
「ですね。宜しいので?」
「構わぬ……が、念の為お前も付いてゆけ。お前の隊の者も好きに連れて良い」
「畏まりました」
明確な言葉は口にしない。それでも、彼女は全て正確に受け取ったと分かる。
頭の中の黒い思考など微塵も感じない、邪気ひとつなさすぎて逆に胡散臭い笑みを張り付け、楊采は馬頭の向きを変えあっという間に去っていく。
行き先には、関羽たちが待っているのが見えた。
そこまで黙って見送っていた夏侯惇が、驚いた様子で曹操に向き直った。
「曹操様…、まさか、十三支に行かせるおつもりですか?」
「そのまさかだが」
「そんな…しかし、奴らは別に曹操軍ではないし…?」
「左様。勝手に救援を請われ、勝手に離れて行くのだ。何も関係ない」
間に合ったとしてもそうでないとしても、楊采が行動を共にしている時点で周りの国々は彼らが曹操軍に属していると見なす。
更に、楊采がいる時点で、徐州が今後曹操に不利益をもたらすような結果は訪れない。そうなるように、楊采が事を進めてしまうからだ。
まだ納得いかないのか夏侯惇がぶつぶつ言っていたが、「行くぞ」と声をかければ、楊采の代わりに先導すべく慌てて動き出す。
彼らがどのような結果を持ち帰るか、楽しみにしているとしよう。
曹操が悠然と馬を歩かせる中、黒ずくめを先頭にした小さな集団が、軍列からはぐれていった。