色々夢

□白雲を抱く
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24-2

仕方ない、と楊采は手にしていた剣を一閃した。その一撃で、彼女を取り囲んでいた兵士たちが絶命し、亡骸が床にくずおれる。その音がやけに大きく聞こえたのは、あまりの早業で、誰も悲鳴を上げられなかったからである。
ふ、と笑って見せる楊采。
彼女の力を目の当たりにした董卓が椅子から立ち上がり、真っ青な顔で呂布に駆け寄っていく。とは言え、よろけながらであるのでひどく滑稽である。

「…化け物め! 呂布! 呂布よ! 早くあの者を──」

言葉が最後まで紡がれる事はなかった。途中で、彼の首と胴体が別たれてしまったからだ。
数秒の間を置いて、胴体からおびただしい量の赤が噴き出す。

「最後まで醜くて汚らわしいなんて、救いようがありませんわね」

一瞬で主君を殺したわりに、それは呂布の心を動かされる光景では無かったようで、彼女はあからさまに機嫌を悪くしていた。そのまま、既に頭部を無くした身体を切り刻み始める。それは、ちょっと刃の切れ味を確かめるくらいの軽い作業であるかのようだった。

「…このまま徹底的に殺し尽くしてしまいましょうか。ふふ…元々そのつもりでしたし」

さんせーい、と貂蝉が可愛らしく声を上げて、楽しそうに呂布にまとわりつく。

「ひっ…た、助けて…!」
「助けてくれぇ!!」

駆けつけたものの、あまりの惨状に、発狂して逃げ出す兵士たち。近くを通ったその一人を、楊采は見もせずに斬り伏せた。
楊采は最初から、唯一の扉の近くに立っていて一歩も動いていない。中にいた兵士たちは、どこにも逃げ場が無いことを悟り、震えながら床に這いつくばった。

彼らはもう、逃れられない。否、逃さない。残酷だが、彼らにはひとりでも多く呂布の餌になってもらわねばならないのだから。
呂布が楽しそうに微笑む。彼女はやはり、全て分かった上で誘いに乗ってくれたようだ。
見逃された、とも言う。策はうまく行ったが、勝負としては完全敗北だ。

「楊采ちゃんのそういうところ、本当に大好きですのよ」
「…ここは好きにしろ。だが、関羽たちは貰っていくぞ」
「ええ…ごめんなさいね。猫ちゃんたちを守って差し上げられなくて」
「……一応、その謝罪は関羽たちに伝えておこう」
「ええ。お願いしますわ。またお会いしましょう、楊采ちゃん。ご招待を楽しみにしていますわ」
「…ああ」

楊采は身を翻した。最早、周囲の兵士たちは立ち上がることも出来はしない。肉を裂く音と共に断末魔の悲鳴が上がるが、楊采は振り返ることはしなかった。

そのまま、混乱する城内をすり抜け、城壁にやってくると、楊采は辺りを見回す。
城壁の向こうの平原で、董卓軍と曹操軍は未だ入り乱れて戦いを続けている。

それを見ながら懐から取り出したのは、一つの玉。そこから出ている縄に火をつけ、上空に放り投げる。玉はそこで軽く爆発して、濃い煙を撒き散らしながら落下していった。
煙が、長い尾を引いて宙に線を残す。
これが、楊采が曹操に伝えている撤退の合図だ。
同じ動作をあと二度行い、それによって董卓が死んだことも伝わるようにしている。

ほどなくして、曹操軍が撤退の鐘を鳴らし、徐々に退き始める。
それを確認した楊采は、迷わず城壁から飛び降りたのだった。
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