色々夢

□白雲を抱く
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大規模な軍勢を思い通りに動かすのは至難の技である。軍を率いる者ならそれは誰でも知っている。

当たり前だが兵士は人であり、皆が皆、真面目に指示に従い歩いてくれる訳ではないからだ。
曹操軍においては、曹操の求心力故かその割合こそ少ないが、やはり一定数の不安因子はいる。なので、雑然としているように見えても、移動時の軍の編成はかなり綿密に計算された配置なのである。

また、日の高さと移動速度を考え、その夜の野営地を決めるのも、指揮者の重要な仕事だ。

楊采は悠然と黒馬に跨がり揺られているだけに見えるが、実際、頭の中は戦場で指揮しているのとそう変わらない。むしろ、単独で敵地に潜入している時の方がもっと気楽であろう。

だが、そんな事は知らない猫族たちは、他の兵士に比べれば自由気ままと言えるくらいあちらこちらに散らばって歩いている。楊采にそれを咎める様子がないのは、甘さ故か、それとも言っても無駄だと諦めているのか。

当然幾重にも護られながらだが、曹操もまた馬車ではなく騎馬で移動している。その方が早いからだ。
彼の所から、先頭付近にいる楊采たちの様子はよく見える。という事は、彼の横にいる夏侯惇らにもよく見えている訳で、彼らの苛立ちはかなりのものである。

「あいつら、列を乱すなとあれほど…!」
「っていうか、あいつら何で付いてきてるんですか、曹操様?」

夏侯淵の疑問は最もである。周りにいる別の将や護衛兵たちも答えを求めて曹操の様子を伺っているのが、気配で分かる。
未だここは、董卓討伐の為の隊を自国へ引き上げる為の道程である。
別行動から合流した楊采は、ついでと言わんばかりに関羽たちも拾い、連れて歩いているのだ。

「行き場が無いので、よい場所が見つかるまで護衛を兼ねて同じ道を使うそうだ」
「……は? あ、いえ……あの、本当ですか?」

思わず出してしまった間の抜けた声を誤魔化しきれず、夏侯惇が困ったように聞き返す。

「曹操様の元に下った訳ではないという事ですか?」
「そうなるな」
「なんてやつらだ……」

正直に言って、猫族の戦力は欲しい。だが、今回曹操はその誘いかけをしなかった。
董卓が討たれ、呂布という獣は野に放たれた。
そしてその獣は、猫族を狙っている。
それに少々、今回の猫族の選択には、失望もしている。戦場で関羽にぶつけた言葉は曹操の本心であったのだ。
彼らは愚かにも選択を間違え傷を負い、そしてその傷はまだ癒えていない。むしろ、より深刻になったと言えるだろう。

「お前たちもあまり気にするな。必要ならば、いつでも取り込める」

曹操自身が、今は彼らへ興味を持っていないのだと、その言い方で察した二人は口を閉ざし、それぞれ異なる表情を浮かべている。なかなかに面白いが、それを指摘してからかうなどというのは曹操の趣味ではない。片腕たる軍師のする事だ。

そう思い巡らせ、曹操が表情を和らげるのを見て、何故か周りの兵が緊張感を募らせる。
なんだ、と思う間に、すぐ近くに、じっとりとした視線を送りつつ件の軍師がやって来ていた。

「……楽しそうですね、曹操様」
「おかげさまでな」

楊采は元々飄々としてはいるが、関羽たちと出会ってから更に表情が豊かになった。それが、良い傾向かどうかは未だ分からないが、敵に回せば厄介な事この上ない存在に育っているのは確かである。

──我ながら、良い拾い物をしたものだ。
唯一と思っていた孤独感を、彼女の存在が埋めた。彼女の努力が、常に曹操の自信を裏付けてくれる。
曹操と楊采は互いに秘密を抱えながら、支えてここまでやって来たのだ。
彼女にだけ評価が甘いなどと陰で愚痴る者もいるようだが、曹操しか知らない功績を含めた正当な評価であり、彼女に近しい者はとうに気付いている。
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