色々夢

□白雲を抱く
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23-1

堅固な城塞都市であるこの長安に、十万もの兵を率いた曹操軍が攻め込んできている。

見張りの兵士にそう聞かされ、関羽は複雑な心境のまま長刀を握った。
今までも各国からそれらしい討伐軍は送られてきたが、ここまで大規模なものはなかった。

あれほどの大怪我していたのに、もうそこまでの大規模な進軍をするならば、彼の怪我はだいぶ良いのだろう。曹操が無事であった事にほっとしつつも、攻め入られている今、関羽はその曹操と戦わなくてはならない。

「劉備の事だって解決していないのに…」

董卓は始め、劉備一人を人質にして、他の猫族たちは街の外に住めば良いと言った。
関羽はそれを拒否し、せめて自分も一緒に人質にと嘆願したのだ。その結果が、言われるがままに戦場に駆り出され続けるこの現状。

劉備とは、それ以来会えていない。
お目付け役の張遼から、張飛たちの様子は聞けるけれど、彼からも劉備の居場所や状況は聞き出せないでいる。
劉備に会いたい。
みんなに会いたい。
不安に押し潰され、泣きそうになる心を必死に隠し、関羽は戦場へと飛び出した。

曹操軍の兵士たちは既に董卓軍側の兵士と交戦している。ただ何故か、皆関羽の姿を認めると道を開けてしまうのだ。目も合わせてくれない。

「……?」

関羽は全く知らない事だったが、この進軍は、内部に潜入している楊采と呼応して行われている。彼らは、猫族に手を出さぬよう通達されているのだ。目を合わせないのは、合ったときにどう反応すれば良いか分からなかったからである。

そうとは知らない関羽には不気味な光景でしかない。ただでさえ不安なところに恐怖まで募らせ、関羽はついに曹操の元にまで辿り着いてしまった。

「曹操…」
「関羽か」

彼は怒ったような呆れたような難しい顔をしていて、その両脇は夏侯惇と夏侯淵が控えており、こちらはなんとも微妙な表情をしていた。

「…よく来た、とでも言っておこうか」
「…状況が見えないのだけど…これはどういうこと…?」

戸惑いを隠せず問いかけるが、曹操は厳しい表情を崩さぬまま、剣を抜いた。
自ら戦うつもりなのか。
緊張に身を包み、長刀を構える関羽。
夏侯惇が気遣わしげに主君を見たが、声はかけずに一歩下がる。それを見た義弟も同様である。
曹操は強い。しかし、夏侯惇らの反応から察するに、まだ全快はしていないのではないか。
迷う関羽の前に立ちはだかり、曹操は、隙なく剣を構えた状態で口を開いた。

「劉備と共に捕らわれたそうだが、お前は劉備とは会えているのか?」
「えっ…」

最も気にかかっている事を真っ先に指摘され、関羽は呆然とした。そこへ、更に目もとを鋭くして曹操が続ける。

「あの男が、劉備を私や楊采のように扱うと思っているのか? だとすれば心外だな」

分かっている。
叫び返したい気持ちを押し殺して、関羽は唇を噛んだ。

誰に言われずとも、董卓がまともな扱いをしてくれるとは思ってない。
だから、村を焼け出されたあの時、張遼に着いてくるべきではなかったのだ。劉備を人質にされると分かった時点で、董卓から逃げるべきだったのだ。

だが、あの時本当にその選択が出来たかと言えば、答えは否だ。
皆、疲れきっていた。路頭に迷っていたのは関羽たちのように戦える者たちばかりではない。
何にすがってでも、彼らを休ませる場所がほしかった。相手が呂布だと分かっていても、甘言につられることしか出来なかった。

「どうした、関羽? お前は何のために戦場にいる。劉備を人質にされてなお、私と対等に交渉してみせたあの気概はどこへ行ったのだ?」
「……っ」

関羽はただ黙ってそれを聞くことしか出来ない。曹操の言葉は的確に関羽の傷に響いてくる。剣を振り下ろされるよりも確実に鋭く、そして深く。
俯いた関羽の近くで、嘆息が聞こえた。

「…なぜ、お前はそこまで自分ばかりを追い詰める?」
「……え?」
「私を頼れとは言わぬが…せめて、お前の仲間にくらい頼れぬのか」

近くで聞こえた柔らかな声音に驚いて再び見上げると、いつの間にか剣をしまい、近づいていた曹操はとても優しい目で関羽を見下ろしていた。それはまるで楊采に見守られている時のような温かさがあり、関羽はまた別の意味で泣きそうになる。

こんなに似通った表情をするのは、やはり曹操が楊采の育ての親ともいうべき存在だからなのか。
驚くあまりややずれた感想を抱いてその眼差しを受け止める。
何か言わなくてはと思うが、言葉が出てこない。
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