色々夢

□白雲を抱く
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22-1

長安はかつて都が置かれていた地である。
そう聞いても、猫族の中で都といえば洛陽というイメージが強く、基準がかの地になってしまうのは仕方のない事である。
見る影もないほど焼け落ちてしまった洛陽の街。わずかな期間ではあったが暮らしていたあの街が栄華を極めていたというのは、いくら疎くても理解できる。
故に、長安という街に活気がなく、寂しく廃れている様子には衝撃を受けたのだった。
これが、見捨てられた街が辿る現状なのだろうか。そう思いかけて、いやそれは違うと首を振る。
これは、董卓と呂布という恐怖の対象がこの地を支配する事で人々にもたらされている災厄なのだ。
しかも、一緒にやってきた猫族もまた、嫌悪と恐怖の対象として、その災厄に加えられている。

そう結論付けたのは蘇双である。
まあそうだな、と聞いた者は皆が同意して、そして打開策のない現状にため息をつく。

この地にやってきてすぐ、劉備は呂布たちの元へ連れていかれた。
関羽もだ。しかも彼女は、連日小競り合いの制圧に遣わされており、会話もままならない。
劉備の事は、曹操の時にもそうであったからもしかしたらという思いがあった。だが、関羽とまで引き離されると思っていなかった。

「甘い考えだな」
「分かってるってば…」

落ち込んでいる蘇双にわざわざ傷に塩を塗る台詞を投げ掛けてきたこの女性。
名を楊采という。
曹操の片腕的存在であり、猫族の面々とは既に切っても切れない縁がある。

「貶してるわけじゃない。蘇双がそこまで性悪じゃないと分かったのは良いことだ。はは、素直で宜しい」
「うるさいな…撫でないでよ」

正直に言えば、彼女に優しく微笑まれながら頭を撫でられるのは悪くないと思う。気持ちがよくて思わず耳が動くし、頬が赤くなっている自覚もある。劉備がよくねだっていたなと思い出しながらそっと距離をとってみるが、彼女は蘇双のそんな心情もお見通しのようだった。

「私が来たからには大丈夫、なんて無責任な事は言えないが…なんとかしないとな」
「…ごめん」
「お前が謝る事は何もないぞ。そんな顔するな。ほら…もう一回いっとくか?」
「ちょっ、だから、撫でないでって…」

そうこうしているうちに、猫族が集まる広場が見えてきた。
数日前、ふらりと姿を表した楊采。驚愕する面々に、彼女は今まで見たことのない冷たい表情で言い切った。

「お前たち…劉備殿と関羽を殺すつもりなんだな」

蘇双はショックだった。そんな事を望む訳がないのに、もがきようにも何も出来なくて苦しんでいるのに、楊采にも見捨てられるのか、と。

皆は憤った。憤りながら説明した。何者かに村を焼かれた事、そこへ張遼がやってきて、問答無用で連れて来られ、拒否権がなかった事。
劉備が人質となり、そしてどうやら関羽が一人で戦を請け負う代わりに、残された猫族の安全を保証された事。

楊采は、そんな事はとっくに把握していた。
そして、状況はずっと深刻だったのだ。

蘇双は、再度状況確認に行くという楊采に付いていく事にした。そして、今がその帰りで、これから皆にその結果を伝えるのだ。
手が、足が震える。これは怒りなのか、悲しみなのか、もうよくわからない。

戦いに身を投じる関羽は、別人のように無表情だった。駆け付けたかったが、彼女には張遼がぴたりと張り付いていて近づくことができなかった。

「蘇双、耐えろよ」
「…! 分かっ、てる…っ」

少し前を進む、背に流したままの艶やかな黒髪。堂々としたその後ろ姿に返事をして、蘇双は広場にいる面子に目を向ける。
皆、楊采にすがるような目を向けている。

これから彼らは、自分たちの弱さと甘さを嫌というほど知らされるのだ。今の蘇双のように。

「劉備殿の現状を知らせよう」

楊采は、懐から一つの書簡を取り出す。その所々が血に濡れているのを知るのは、横に立っている蘇双だけだ。
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