色々夢

□白雲を抱く
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いつものように見舞ってくれた趙雲の表情が曇っているのを見て、公孫賛はおや、と首を傾げた。
ここ最近は何やら良い出会いがあったとか、城内はその話題で持ちきりで、趙雲には、羽目を外す程ではなくともどこか浮かれたような空気があったのだが。

「どうしたのだ、趙雲」
「…実は、一人、公孫賛様に目通りを願っている者がおります」

とこの流れで言われれば、もしや最近噂になっている例の女性だろうかと思うのは当然である。
ただ、公孫賛は現在病に臥せっている状態である。それも、詳しい病状は外に漏れないよう厳重に情報を管理している。
そのような中でここに人を連れてくるという行為は大変な事であるというのは、趙雲もよくわかっている。その上であえてそうした行動をしているのだ。
緊張を含む趙雲の目を見つめ、公孫賛は迷うことなく頷いて促した。全ては、彼への信頼がなせる事である。

趙雲が小さく扉の外へ声をかけ、ややあって静かに入って来たのはやはり女であった。
艶やかな黒髪は隙無く結われていて、品を損なわない程度に飾りが添えられている。
聡明さが滲む切れ長の目はとても澄んでいて、目尻に施された化粧が華やかだ。紅く色づく形の良い唇で笑まれたら、誰しも息を飲んでしまうだろう、そんな美しい女である。

なるほどこれは趙雲が心を奪われるわけだと納得──しかけて、そこで公孫賛の直感が待ったをかけた。
この、美しい女の眼差しは見覚えがある。困ったように、戸惑ったように、その顔を崩してこちらを見上げていたこの眼差しを。

「……楊采殿?」

口をついて出たその問いかけを受けて、目の前の女が苦笑を浮かべる。直感が間違いではないのだとその笑みで理解したものの、公孫賛は次の言葉を紡げなかった。
いろいろと、衝撃が大きすぎたのだ。
その間に、楊采が優雅に一礼して、膝をつく。

「このような姿で申し訳ありません。本日軍師としてではなく、旅人としてやって参りました」
「旅人…?」

おうむ返しした公孫賛にこくりと頷いた楊采が、手にしていた包みを台に並べ始める。
土産です、と差し出されたのはどれも公孫賛の見たことがないものばかりであったが、ひとつひとつ名を聞かされれば霊薬・秘薬と呼ぶべき代物であると嫌でも分からされた。
抱えの薬師たちがその薬の名を呟くのを幾度と無く聞いてきたのだから、間違いない。

「疑わしいとお思いでしたら、その方々をお呼びください」
「いや…そなたがこうして身を危険に晒しながら持ってきたものだ。疑ったりはしないと約束しよう。しかし…どうやって?」

楊采が優秀な軍師であり、曹操の右腕的な存在であるのは周知の事実であるし、公孫賛も認めている。とは言え、目の前にあるものはそう簡単に手に入れられるような代物ではない。

「先程、私は旅人と名乗りましたね」
「そうだね」
「旅する中で、偶然手に入れたのです。珍しいものを集めるのが趣味でもありますから」
「だとすればこれは、君の主君の為に手に入れたのではないのかな」

楊采はまるで自分の趣味のように語ったが、曹操が望んでいるのだろう。彼の屋敷には西方から流れてきた珍しい物が数多く集まっていると聞いたことがある。
そう考えての問いかけに、返ってきのは苦笑だった。

「…あの方は普通の人間より少しばかり頑丈なのです。仮にお渡ししても使うことはないでしょう。それより今目の前に必要とする方がいらっしゃるのですから、必要な方が使うべきかと」
「……何が、望みかな」

少しの沈黙の後、弱く掠れてしまったその言葉は、公孫賛にとってはやや辛いものだった。
それを感じたのか、わずかに悲しそうな、困ったような顔で楊采がこちらを見ていて、その様子が一瞬無垢な少女のように見えて、彼女の純粋な好意を無下にしてしまったような罪悪感を覚える。
しかし、それは本当に一瞬の事で、彼女はどこか安堵したような雰囲気で口を開いた。

「…お願いがございます。勿論、叶えられない場合は忘れて頂いて結構でございます」

また頭を下げた彼女の後ろへ視線をやり、趙雲の様子を伺う。彼は心配そうに公孫賛を見ているが、そこに不安や緊張は見て取れない。公孫賛自身に今すぐ危険が及ぶような内容ではないという事なのだろう。
公孫賛は決断した。

「…わかった、まずは話を聞こう」
「ありがとうございます」

顔を上げた楊采が柔らかく微笑み、今一度、先程までより丁寧に礼の形をとった。
洗練されたその所作はとても優美で、公孫賛の心を久しく和やかにしてくれたのだった。
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