色々夢

□白雲を抱く
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趙雲が、あの趙雲が村から一人の女性を連れ帰ったというのは、既に公然の秘密となっている。
誰もが真相を聞きたがるが、見るからに上機嫌だというのに一分の隙もないという、何とも恐ろしい笑顔を向けられた人々は、結局彼から何も聞き出せずに帰っていくのである。

そう、この男はかなりの策士なのだ。
自分の事は棚に上げ、楊采は茶器を手にしたまま小さく唸った。
それに気付いた趙雲が視線を寄越してくるが、意地でも応じてやるものかとそっぽを向く。

楊采が主君に提案した策は、間者を放つのではなく、楊采自身が各地を見てまわるという事。
戦略を考えたり、戦場を暴れまわるのも嫌いではないが、楊采は表立って動くよりも、こうして影としてある方が得意である。
幼い頃、曹操の思惑とは別に、己が目指した立ち位置がそこであったというのもあるが、単に、影に徹していると肩書きによる縛りがない分、自由気ままに居られるのだ。
勿論、命懸けであることには代わりないが。

呂布がいる長安はまだ手を出す訳にいかないものの、他の州は難なく入り込めた。欲しい情報もある程度手に入り、それに関していくつか策も巡らせて情勢を少し動かしたりもしている。が、冀州だけは潜入するのが難しい。流石は袁家、などと言いたくはない。この異常な守りの固さは、あの袁紹の性格故なのだろう。
ともかく、楊采は潜入を諦めるつもりはなかった。それで、幽州側の境にあるあの村で世話になりつつ様子を探っていたのだ。

まさか趙雲にあっさり看破されてしまうとは思わず、声をかけられた時はさすがに覚悟を決めた。いくら楊采でも、趙雲ほどの猛将を相手にして逃げ切れる自信はなかった。

だというのに今、楊采は何故か趙雲の家に滞在中。そこで情報収集をしつつ、今度同盟の話をする為やって来るらしい袁紹との会合に、どうにか入り込めないか画策しているところである。

「良い案は出せそうか?」
「いや?」

にこりと笑んでみせた楊采に、趙雲も再び微笑みを返す。

まさか、以前から女だと疑われていたとは思わなかった。いや、事実男ではないので疑いという言葉は適切ではないのだろうが、一体いつどの時にそう思ったのか非常に疑問である。
しかしその答えを聞くのも怖いので、これはもう済んでしまった事と流しておくのが一番なのだろう。
考えるべきは、この事が曹操の耳に入る前に何とかして収穫を得、無事にこの地を去る方法である。

「楊采、俺にもくれないか」
「…はいはい」

茶をねだる声に、ため息混じりに返事をし、淹れたばかりの茶を差し出す。実は元々、勤めから帰ったばかりの彼に飲ませる為に用意していたものである。
受け取った趙雲もそれに気付いたようで、少しはっとしてから嬉しそうに口角を上げている。
それは見えないふりをして、楊采は出涸らしとなった茶葉を手際よく片付ける。世話になっているのは事実であるし、茶を淹れるくらいの気遣いはするのである。

そうして動きながらも、考えるのはやはり袁紹との会合の件。
趙雲は計画の進捗を聞くばかりで他に何も言わないが、会合があること教えたのは当然彼なので、楊采が困って頼ってくるのを待ち構えているのだろう。
楊采としてはこれ以上弱味を握られるのは御免被りたい。だからこちらからそれは言い出したくないのである。
しかし、時間がない。
聞かされている会合の日は、あと数週間というところまで迫っていた。

「……困ったら、相談していいって言ってたしな…」
「うん?」

のんびり茶を味わっていた趙雲が首を傾げる。
渋々、非常に渋々だが、楊采はもはや手段を選んでいる時ではないのだと自分に言い聞かせた。

「その様子だと、何か決まったのか?」
「ああ、仕方ない…ここまで来たらやるしかないだろうな」
「ふぅん?」

どんな面白い事が起こるだろうと期待に目に輝かせ、机に肩肘をついた趙雲がじっと視線を合わせてくる。
それを真っ直ぐ見返して、楊采は懐から幾つか袋を持ち出した。

「趙雲、これと私を買ってくれ…いや、買わざるを得ないだろうな、これが何か分かったら」
「……」

言いながら、趙雲の目の前に袋を差し出す。その中身が正確に何かは分からなくても、何が言いたいかは察しがついたのだろう。
黙ったまま、再度楊采に向けられた彼の目は、戦場にいる時のように鋭くなっていた。
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