色々夢

□白雲を抱く
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兗州の平定は着実に進んでいる。
未だ傷の癒えない楊采は、同じく重傷人の曹操と共に屋敷での待機を余儀なくされ、不機嫌な顔で皆からの戦況報告を聞く日々だ。
勿論現場にいてくれた方が円滑に話が出来て助かるのだが、鍛練もままならないほど痛む状態で戦場に出す事などできるはずがない。
どうせ無理して出ようとするとわかっていたので、わざわざ曹操から参戦禁止命令を出してもらったという経緯がある。

なので、表立って動いている夏候惇ら他の武将はとても目まぐるしい日々を送っている。
と言っても、戦いの内容はそれほどでもない。統制のとれた曹操軍に逆らう者はそうおらず、結局そのほとんどを軍に加えることになる。遠征に赴く度に抱える兵が増えるので、彼らの訓練や編成まで考えるのに忙しいのだ。

こうして黄巾賊がいなくなった街や村については、楊采が別に部隊を派遣し、必要物資や人材を送り込み建て直している。
抜かりないその救援は当然住まう人々からの揺るぎない信頼を得る結果となり、兗州内で曹操を支持する声は日に日に増しているのだそうだ。
楊采にしてみれば計画通りというところだろうが、ここまで容易く拠点となる国が手に入るとは驚きだ。

「夏候淵、そちらはどうだ?」
「うまく行ってる。明日まで兵もオレも休んでいいってさ」

城内を歩いていたら義兄と再会し、話が弾む。二人はそのまま街の外へと足を向けた。
もっとも多くの黄巾賊が占拠していたこの街は兗州の中心地と言える場所であり、今もそれは変わらない。
討伐しにやってきた時は、それはもう大惨事としか言えないようなやり口だったので街の荒廃ぶりが際立っていたが、さすがとしか言い様のない人たらしぶりで楊采が街の人々を丸め込んだので、相当な速さで復興が進んでいる。

夏候淵たちが今出てきた、曹操たち主だった武将の住居兼政事の拠点である城は元からここにあったものだが、よく見ると少しずつ外装も内装も彼の好みに改装されている。
なかなかに広いので、そのうち楊采によって謎の扉や近道になる通路が追加される事が予想され、完成したらこっそり教えてもらおうと、夏候淵は心に決めている。

「おや、お二人揃っておでかけですか?」
「ああ。楊采から餅屋が開店したって聞いたから食べに行くんだ」
「それなら、あちらですよ」

かくいう夏候淵も、主に飲食店を営む人々から絶大な支持を得ているのだが、その自覚はない。
食後に立ち寄るので土産分を取り置きしてくれるよう、道を教えてくれた饅頭屋に約束して歩き出す。
そのやりとりを黙って見ていた夏候惇が、ふと切り出した。

「そう言えば、聞いたか? 十三支の件」
「…うん」

以前、夏候淵らが発見した彼らの隠れ里は、何者かによってめちゃくちゃに破壊され見る影もなくなっていた。
隠れ里に帰ったはずの関羽たちも姿を消してしまい、しばらく行方が分からなくなっていたのだ。
絶望して死を選ぶような種族ではない。刻みこまれた差別意識は消えていないが、どんな無茶な戦でも生き抜いてきた彼らを見れば、夏侯淵にもそれだけは分かった。

しかし、世間を知らない彼らがうまく別の地へ流れて行けるとも思えない。
どこへ行ったのだろう。
なぜ、彼らにとって唯一繋がりがある曹操軍を頼ってこなかったのだろう。

離脱させておいて言うのも何だが、ここには楊采がおり、関羽は特に、別れ際大怪我をした曹操を気にかけていた。
今更突き放したところで、どうせ懲りずに姿を現すと思っていたのだ。
皆が思い、しかし誰一人口にしなかったその疑問の答えは、楊采麾下の間者からもたらされた。

十三支たちは今、長安にいる。

「…なんでよりによって董卓の元なんだか…」
「……力で捩じ伏せられたか、自らの意思かは分からないが、厄介な場所にいるのには違いないな」

関羽と言えど、呂布には敵うまい。加えて呂布はどうやら関羽たちを気に入っている様子だった。今も楊采を苦しめているあの怪我だって、呂布から彼らを庇って負ったものだ。
これでもし董卓が関羽たちを前線に出して戦をする事になれば、いくら曹操軍が拡大していても相当な苦戦を強いられるだろう。

どうするかな、と定期報告の後小さく呟いた楊采の表情は真剣そのものだった。あれだけ先読みに長けていても、やはり十三支の動きにはまだまだ悩まされるようだ。

餅屋に着き、注文してから席に座る。既に人気店らしく周りが騒がしいので、自然と距離を縮めての会話となる。

「どうするつもりなんだろう、あいつ」
「準備があるとか言って今朝早く出掛けていたから、考えはあるのだろうが…」

だから今日は見かけないのかと思いつつ、夏侯淵は嫌な予感に眉を寄せた。

「まさか自分で動くつもりか?」
「……だろうな、あの様子だと」

きっと本人はバレてないと思っているだろうが、脂汗をかきながら怪我の辺りを押さえていたという目撃情報が時々上がっている。
その話は義兄も知っていることなので、彼も苦々しい顔をしていた。

楊采はいつもそうだ。皆に囲まれて笑っているかと思いきや、いつの間にか姿を消して、一人きりで難しい問題を片付けている。
それは、曹操の命令である時もあれば、命ぜられなくとも彼女が察して先に動いた結果だったりする。
もう、これだけ大きな軍になったのだ。手を汚すのは、彼女だけでなくとも良い筈なのに。

「…だが実際、曹操軍の中ではあいつが一番諜報や工作活動に向いている。各国が力を蓄えながら様子を見合っている今のうちに、色々仕掛けておきたいのだろう」

やや影が落ちる顔でそんな風に静かに言われてしまうと、夏侯淵も頷くしかない。
なんだか義兄に言いくるめられたようで悔しかったが、その思いを振り払うように口一杯に詰めこんだ餅はとても美味かった。
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