色々夢

□白雲を抱く
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楊采は宣言通りの行動に出た。自身は拠点に残る為、朝のうちに大まかな指示を趙雲に伝えるのだが、彼に課せられた仕事量は近くにいたせいで聞こえてしまった兵が怯えるほど。
何も知らない劉備は趙雲を見かけなくなったと不思議そうにしていたらしいが、常に側にいる楊采がなんだかんだ上手く丸め込む為、大変健やかに過ごしているそうだ。

「今日はこれくらいで良いか…」

楊采を焚き付けたあの夜以来、彼は本当に働きっぱなしである。
彼の軍と楊采の兵を率い、難民の捜索、保護、その他細々した仕事まで現場監督という形で趙雲が指揮をとっているのだが、その場が一段落ついただろうと判断すると、まるで見ていたかのように楊采から次の指示が飛んでくるから恐ろしい。

本気で趙雲を休ませるつもりが無いらしい。体力には自信があるので、正直その扱い自体は構わないし大いに使ってくれと思う。
彼が心配しているはあの一件を楊采が未だ根に持っているのではないかという点である。
自責の念にかられ涙を堪えている姿に胸を打たれたのは本当だし、一生懸命な様子を見てかわいいやつだと思ってしまったのだ。その点は譲れない。
こっそり相談した楊采の部下たちによるとその時に頭を撫でたのが良くなかったそうだ。その行為は曹操の特権なので二度としてはいけないと真っ青な顔で注意されてしまった。
神妙に頷きつつ、曹操に頭を撫でられて喜んでいる楊采を想像したら何やらとても微笑ましくなったのは、言わない方が良いのだろう。

「趙雲様、こちらでしたか」
「ああ、何かあったか?」

また楊采から新たな指示が来たのだろうと思って振り返る。が、伝令兵から差し出されたものを見て趙雲は首を傾げた。

「これは?」
「楊采様からですよ。すっかり冷めないうちにどうぞ」

竹筒に入っているのは茶のようだ。ありがたく受け取り早速口に含むと、ぬるくなってはいたが、香りもほのかな甘みも残っていて非常に美味であった。

「美味いな…」

体に染み渡るのを感じながら溢した感想に、伝令兵が微笑む。彼は本来楊采配下の文官で、非常事態である今は伝令役を買って出ているのだという。元は別軍の武官だったが、大怪我をして将来に絶望していた所を楊采に引き取られたと先日話してくれた。

「楊采様は茶の達人ですから」
「……これは、楊采がいれたのか?」
「茶どころか、我々に配られる食事はいつも楊采様が作っておられますよ」
「なん…だって…!?」
「あ、いえ、勿論怪我に支障がない程度にしていただいていますが、保護した民から料理のできる者を連れてきて、皆で作っていらっしゃいます」

ちょうど作っている頃だと続ける彼に、趙雲は微妙な表情を向けてしまった。
どんな様子なのか、その場に行ってみたい。だが、仕事を放り出して良いものか分からなかったのだ。

「日も落ちますし今日はもう言い付ける仕事はないと仰っていましたから良いのではないでしょうか。うまくいけば出来立ての食事にありつけますよ」

その言葉を信頼して、趙雲は調理場になっているという一角へ足を向けた。声をかけた他の兵たちも一緒である。

思い返せば食事に関してだけは仕事を任せられていなかった。拠点にいてもできるその仕事だけは楊采が直接指揮していたという事なのだろう。

楊采が持っていた曹操軍の兵力は、当然であるが他軍と比べて圧倒的に少ない。趙雲が協力を申し出た事で公孫賛軍と合流する形になり、食糧も分け合うことに決まった。これは公孫賛も異論なしでの決定であった。
その時に楊采は公孫賛の判断が甘い等と批判めいた言葉を漏らしていたが、少し嬉しそうだったので誉め言葉として受け取っておいた。
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