色々夢

□白雲を抱く
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7-1

一番損傷の少ない屋敷を拠点とし、早速、街の中を見て回る。ほとんどの民は無理やり董卓に連れていかれたらしい。着いていくことが出来ず、逃げ遅れたのは老人や子どもたちばかりだ。
焼け出されて怯えていた人々は、各軍で手分けして保護することになった。

洛陽の街は広い。人海戦術を使っても、本来ただ見回るだけで数日かかるのだ。辺りに注意を払いながらの見回りは通常よりも更なる労力が必要となる。

楊采も他の兵士に混じり、荒廃している最中である街の中を歩く。
家が密集していた辺りは崩れ方が特に酷く、見つかるのは死体ばかりだ。

「……」

奥へ進む毎に、兵士たちの士気が下がっていく。しかし、鼓舞できるような褒美が用意できる保証もなく、楊采は黙々と作業を続けることしかできなかった。

「楊采さま…?」

幼い声に呼ばれ、急いで目を向ける。
するとそこには崩れかけの家があり、その隙間から幼い兄弟が二人、全身煤だらけになってこちらを見ていた。
一度は逃げたものの、他に行き場がない為ここに戻ってきたというところか。

「お前たち…!」

彼らは楊采がよく知っている兄弟だった。しかし、駆け寄ろうとした彼女の足を止めさせたのは彼らの視線。
希望でもなく絶望でもなく、彼らから感じるのは、憎しみ。

「うそつき…」
「!」
「悪いやつやっつけてくれるって言ったのに…うそつき!」
「うそつき!」

幼い、舌足らずな非難の言葉が楊采に突き刺さる。
言う通りである。謝って許しを乞うなど言語道断であろう。
虎牢関で董卓を討ち損じたせいで、彼らにこんな思いを抱かせてしまった。
あるいは董卓を討つと決めたことすら、間違っていたのだろうか。

そんな思いがよぎると、楊采は足が縫い止められたように動けなくなってしまった。そこからは、ひたすら兄弟からの非難を受け続ける。しかし、それもやがて途切れ途切れになる。

「なんで、何も言わないの……楊采さま…」
「…っ」
「なんか言ってよ…ひっく…いつもみたいに…笑っててよ!!!」

ついに兄が涙を溢し、兄の服を掴んで立っていた弟も大粒の涙を溢して泣き出した。
楊采は今度こそ駆け寄って二人を抱き締める。

「楊采さまぁっ!!」
「ごめん…本当にごめん…」

頭を撫で、背をさすり、二人をきつく抱き寄せる。傷の痛みが増して気を失いそうではあったが、子どもたちを抱く手を緩めるわけにはいかない。

「私と一緒に行こう。君たちの父上も待っているんだよ」
「!! ほんとう?」
「うん。ほんとう」

力一杯頷いてみせると、兄弟たちにようやく笑顔が戻った。
すぐに、手を引いて家を出ようと促す。この家はいつ倒壊するか分からないのだ。
だというのに、弟の方が突然、繋いだ手を離して奥へと走って行ってしまった。

「!!」

気づいた兄がそれを追って、楊采の入れない隙間にまで入っていく。
無理に入れば崩れかけの家に止めを刺しかねない。焦る気持ちを抑えて呼び掛けた。

「どうしたんだ!?」
「ごめん、楊采さまっ…あのね、父さんに渡したくって…ここにたくさん道具が…」

彼らの父は医者をしている。奥からガタガタと嫌な音が聞こえてきて、楊采は青ざめた。
家の軋みが酷くなり、だいぶ傾いている。

「…待て、今は動かすな! 後でちゃんと取りに来るから!」
「でも…っ」

兄も目の前の危険に気づいたらしい。嫌がる弟を引っ張っているのが隙間から見えた。

「走れ!!早く!!!」

気休めにもならないだろうが、傾く家を精一杯支え、走ってくる子どもたちに手を伸ばす。
もう少し。
そう思った時、後ろから伸びてきた手が楊采よりも先に子どもたちを掴むのが見えた。
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