色々夢

□小話(共通√)
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小話6


この都はいつも賑わっている。広場など、祭りでもあるのかと思いたくなるほど人が往来していて、住み始めた頃は驚いたものだ。
見回りの途中ではあるが、そろそろ小腹が空く頃である。持ち前の人懐こさで既にいくつかの店に顔を覚えてもらったので、楊采はどれにしようかと、自分の腹と相談していた。

「さあ、誰かこの馬を乗りこなせる奴はいないか!?」
「…?」

人だかりの中からした声がふと気になり、目を向ける。
荷を運んできたらしい黒馬が一頭、綱で厳重に繋がれていた。
鼻息が荒く、今にも人に襲いかかりそうな狂暴な目をしている。

「おや、楊采様」

行き当たった店の主人が話しかけてくる。楊采は人だかりを指差した。

「あれは一体何の見世物だ?」
「それがね…」

何でも、都まで荷を運ぶ為一緒に連れてきたらしいのだが、とんでもない暴れ馬。荷だけでなくこの馬も売って資金にしたい、と言うことらしい。
まあ、珍しくはない話である。

「人が近付こうものなら誰彼構わず噛みついたり蹴ろうとしたりしてくるんで、今のところ誰も寄り付きませんね」
「ふぅん……あ、とりあえず饅頭くれ」
「毎度!」

受け取ったその流れでパクリと饅頭にかぶりつく。夏侯惇たちにも食べさせてやろうといくつか包んでもらう。
まださほど話す仲でもないので、餌付け作戦である。

しかし、もぐもぐと食べる間中、楊采の目はずっと黒馬に注がれていた。





数日経っても、黒馬の引き取り手は現れていなかった。暴れ回る為馬の危険度は更に増し、最早、馬を連れてきた商人ですら近付くことはできなかった。

皆、遠巻きに馬を見ながら通りすぎていく。
そこへ。

「…おい。代金はこれでいいか」
「え!? あ、あの…!?」

金の入った袋を受け取り、商人が目を白黒させている。ずしりと重いそれは、彼の想像を遥かに越える額が入っているのである。

「あ、お待ちください! 危険です!!」
「あの馬はもう私のだろう。あんたに何か言う権利はない」
「え、ええ!?」

淡々と言ってのけ、商人を引き下がらせた黒ずくめの青年。
楊采である。

袋の中身を覗いた商人がそそくさと立ち去る。
ざわめく広場。
その中で、馬と楊采が黙って睨み合っている

すると、楊采が黒い外套の下から何か取り出した。
紐である。蒼と金糸で、見るからに豪奢に仕立てられた綱とも呼ぶべき立派なそれを、楊采は馬に見せるように掲げた。

「お前はこちらの方が似合うと思わないか?」

馬はじっと紐を見ているようだった。
楊采が一歩、馬に近づく。

「私は戦場に出て、人を蹴り飛ばすし、殴り飛ばすし、殺しもする。そういう場所に出ても怖じ気づかない馬が欲しいと思っている」

楊采は語りながら腰に下がっている剣を抜いた。構えたそれに、鋭い目付きの黒馬が写る。

「お前はどうだ?」

誰も言葉を発せずに、ただ成り行きを見守っているようだった。

ふっ、と楊采が表情を和らげる。その次の瞬間、剣が降り下ろされ、馬を繋いでいた綱が切り離される。
驚く馬の鼻を、すかさず楊采の手が撫でた。

「なあ。私はお前が一目で気に入った。だからお前が欲しいんだ……おいで」

一瞬の間。その後、馬が大人しく楊采にすり寄るのを見て、観客と化していた街の人々からわっと歓声が上がる。
祝福と称賛を受けながら、楊采は馬に新しい紐を巻いてやる。
もう既に、立派な軍馬にしか見えない完成度である。

「やっぱりよく似合うぞ。これからよろしくな」

ブルッと、馬が鼻をならす。先程と言い、人語を解しているようだと楊采は嬉しくなってにこりと笑う。


楊采とこの馬がこれ以上ない相棒として戦場を駆け回るようになるのは、それから直ぐの事である。


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