色々夢

□小話(共通√)
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小話2


屋敷中を探し回って、夏侯淵は結局、本人の部屋の前で足を止めた。

「楊采、いるか?」
「ん? いるぞー」

すぐに返事が聞こえて、足音が扉に近付いてくる。
いつもはふらふら街を歩いていたり、あの白い十三支の子供とだらだらしていたりするくせに、なぜ今日に限って部屋にこもっているのだ。

「どうした?」
「………」
「おい、夏侯淵?」
「……れた」
「ん?」
「忘れた!」
「はあ?」

もちろん最初は用事があって探していたのだが、だんだんと見つける事の方が重要に感じてきて、いつの間にか何のために探していたのかを忘れてしまったのだ。
楊采は、何だこいつはと言いたそうに何度かまばたきした後、ぷっと吹き出した。

「笑うな!! お前が見つからないのが悪いんだ!!」
「あいにく今日は朝から部屋にいたなー!」

笑いながら、楊采は「とりあえず入るか?」と部屋に招き入れる。
部屋の掃除をしていたらしく、数日前に訪れた時よりは綺麗になっている。が、まだ机も椅子も小難しい書物が積み上がっていて、夏侯淵は渋々寝台に腰かけた。

「悪いな、散らかってて。ま、忘れてしまう程度の用だったって事だろ」
「うー、もやもやする……」
「もし重要ならそのうち思い出すさ 。まあ落ち着け、ほら」

茶を差し出され、夏侯淵は不機嫌なままそれを口に含む。悔しいが美味い。
続いて菓子も差し出され、それも無言で手に取る。とても美味い。
恐らくだが、手作りなのだろう。こういう時だけ、楊采が女なのだなと少し実感してしまう。

「……あ」
「なんだ、もう思い出したのか?」
「…いや、何でもない」

思い出した。だが、この空気で聞くのは少し躊躇われるというか、改めて言い出すのはなんもなく嫌な事だった。
なので、二つ目の菓子を飲み込んで、別の用事を無理やり思い出す事にした。

「なあ、兵法書って持ってるか?」
「なんだ藪から棒に」
「…この前、兄者に基本の陣形を教わったんだ」
「へえ、勉強熱心だな。勿論あるぞ」

そう言って、楊采はいくつか棚の引き出しを開けた後、そこから鍵を取り出して別の棚に向かう。
ガチャリ、と仰々しい音がして扉が開き、そこから一冊、本が取り出された。

「ほい」
「それ、なんか貴重な本じゃないのか!?」

部屋にこれだけ書物が溢れているのに、そんな所から出てくるとは思わなかった。
手を出すのを躊躇っていると、楊采が微笑んで首を振った。

「手に入れようと思えば簡単に手に入るよ。これは兵法の入門書みたいなものだ。もう読まないんで奥に仕舞っていた」
「そう…なのか…」

入門、と言うことは、基本的な事しか書いていないのだろう。受け取ってパラパラめくっていくと、確かに兄から教わった基礎の陣形図がちらほら見える。難しい本を読むのは苦手だが、このくらいなら耐えられそうだ。

「それあげるよ」
「けど…」
「夏侯淵が曹操軍の武将としてより成長する助けになるのなら、本一冊くらいどうと言うことはない。第一、もう読まないって言ったろ。遠慮は要らん」
「…そっか。じゃあ貰う」

おう、と微笑む楊采は、気のせいでなければいつもより嬉しそうだ。何となく照れくさくなって、夏侯淵はそっぽを向きながら本をしまう。
その途端、袖から何かが滑り落ちたのが分かった。

「ん? 何か落ちた」
「あ、あああー!!!」
「え? なに?」

大声で叫びながら、夏侯淵は立ち上がった。が、ひらひら落ちていったそれはちょうど楊采の足元で止まって、すぐに拾われてしまう。
それを見た楊采が一瞬固まる。視線を反らしながら、夏侯淵は仕方なく白状した。

「……思い出した、用事……」
「……なるほどね。ごくろうさん」

楊采が拾い上げたそれは、恋文というやつだ。街娘から楊采へ宛てたもので、夏侯淵の部下が頼まれて持ってきたのだ。
楊采はモテる。名声や軍内の人望を考えれば分からないでもない。なので日常茶飯事と言えばそうなのだが、実は女だと知っている夏侯淵からすると、こう言ったものは受け取りにくいし渡しにくい。
そもそも、夏侯淵は他人の色恋に関わるのが好きではない。間に入ることで逆恨みされるのは御免被りたい。
ともあれひとまず頼まれ事は終わったのでほっとしていると、楊采が恋文を懐にしまいこむのが見えた。
てっきり読まずに捨てると思っていたので、少し驚く。

「それ読むのか?」
「まあ、折角書いてくれたんだしせめて目を通さないと可哀想だろ」
「断るんだろ、どうせ」
「そりゃあな。こういう時はとりあえず『心に決めた人がいますので』と言って断る」

その対応が優しいのか冷たいのかいまいち分からない。

「ふぅん…けど、それで引き下がらなかったら?」
「……聞きたい?」
「やっぱいい、聞かない」

からかうつもりもなく純粋に聞いたのだが、楊采の目が怪しく光ったので丁重にお断りする。
この目になった時の楊采はろくな事を考えていない。相手が可哀想になった。

「流石に一般人を手酷く傷つけるような事しないからそこは信じろよ? でも、戦略考えるのと感覚はあまり変わらないかもなー…相手には悪いけどちょっと面白い」
「……」

では、軍師は皆、口説くのが巧いのだろうか。 考えたくないがふとそんな思いが頭を過る。

戦略を練る要領で楊采が本気を出したとしたら、まず十三支たちはあっさり落とされる。実際、もう随分懐柔されているので間違いない。
そして兄も、確実に落ちる。真っ直ぐなので、とても騙されやすい。
曹操は、相手が楊采だと悪乗りして落ちてくれそうだ。何だかんだで楊采には甘い気がする。

となると、健全な曹操軍を守り抜けるのは自分しかいないではないか。
夏侯淵は愕然とした。

「駄目だぞ!そんなこと絶対駄目だからな!」
「え? まだ何もしてないんだが」
「曹操軍の未来は俺が守るっ!!」
「は??」

楊采が頭の上に疑問符をたくさん浮かべている。
しかし、説明してやる必要はない。
重要な使命を負った夏侯淵は、勢い良く部屋を飛び出したのだった。
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