色々夢

□小話(共通√)
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小話1


洛陽の都から少し離れた森の中、動き回る少年たちがいた。
張飛、蘇双それに関定の三人である。皆、しゃがみこんで何かを探している。

「うー。なあ蘇双、これは食えるやつ?」
「ねえ、何回説明したら覚えるの? 一々聞かれるの面倒だからそれ食べてみなよ。体調がおかしくなったら食べられないやつ」
「ひでぇ!」
「張飛の腹じゃ、あてにならなそうだけどなー」
「んだと関定!」
「きゃー! 暴力反対!!」

三人の手には山菜が握られている。幕舎で暮らす猫族の食事の足しにしようと、摘みにやってきたのだ。
しかし、黙々と働いているのは蘇双だけで、張飛も関定も、先程のようにじゃれあってばかりだ。
蘇双は長いため息を吐き出した。
こんな事なら関羽に付き添いを頼めば良かった。

「蘇双、ため息じゃなくて張飛の馬鹿を止めよう! てか止めて!」
「ボク一人で馬鹿二人なんて止められないよ。第一面倒だし」
「馬鹿二人って俺も含まれてます!?」

なおも言い募ろうとした関定が、不意に言葉を飲み込む。その横で張飛が戦いの構えをとり、蘇双も静かに立ち上がった。

何かの気配がするのだ。
黄巾賊の残党という可能性もある。
じっと動きを伺う三人の前の茂みが揺れ、それが姿を現す。

「ん?」
「あ」

茂みから飛び出してきた黒装束は見覚えがある。切れ長の目が三人を捉え、僅かに見開かれた。
楊采である。
帯刀してはいるが、抜き身ではない。戦いでもないのに、何故こんなところまで一人でやって来たのだろう。
疑問は残るがひとまず彼は敵ではない。張飛たちは顔を見合わせ警戒を解いた。

「なんだ、張飛に蘇双に関定か。お前たちほんとに仲良しだなー」
「楊采、なんでここに?」
「たまには見回りをしよう!っていう名目でサボり」
「ベタ過ぎっしょその流れ」

劉備の世話に加え猫族全体の監督も任される彼は時々幕舎にやってきて、劉備からの言伝てや世間話をして帰っていく。だから、張飛たちも楊采と話す機会は何かと多い。
人間の、しかも曹操軍の武将だというのに何故か親しみやすい性格をしているから、既に馴染みはじめている。

「そういうお前たちは…食材集め?」
「うん、そうなんだ」

へえ、と張飛たちが持っている野草を見て、楊采は少しだけ表情を引き締めた。

「あんまり食糧足りないなら持って行かせるぞ?」

確かに、楊采の立場なら可能だろう。軍備に関しては全て彼が手配している。

「それは助かるけど、猫族でなんとかできることならなるべくそうする方針なんだ」
「殊勝な事だねぇ。よし、三人とも、とっておきの場所に連れていってやろう」

ついておいで、と穏やかに告げて、楊采が歩き出す。
武装しているくせに身のこなしは軽やかで、険しい山中だというのにすいすい奥へ分け入っていく。

「楊采登るのスゲー速いな。俺らとかわんねーじゃん」
「一応鍛えてるからね。あ、この道のこと、夏侯惇には言うなよ? あいつ絶対怒るから」
「えー、あいつ基本ずっと怒ってんじゃん」
「ああ確かに。でも言うなよ?」

楊采に対して怒るとしたら大半は彼の不真面目そうな態度が原因だろうが、楊采に改める気はなさそうである。
これでよく曹操軍にいられるなと思うのだが、もしかしたら曹操軍というのは夏侯惇のような頭の堅い武将の方が少ないのだろうか。
だとすると夏侯惇が少し憐れである。

「着いたぞ!」

楊采が指差した一帯に、茸や野菜などが所狭しと生えている。
かなりの急斜面だが、猫族には問題ない範囲だろう。

「おお、すっげぇ!」
「だろー? お腹すいたら時々ここでとっていくんだー」
「良いの? そんな場所教えて」

蘇双が訊ねると、楊采が笑顔で頷いた。

「沢山あるし、この辺りは地元の人間は滅多に来ないし、遠慮する必要はないぞ。食べ頃逃す方が勿体ないだろ」
「んじゃ、いっただきー!」
「あっ張飛、調子に乗って全部採るなよ!?」
「わーかってんよ!」

張飛と関定が走っていく。続こうとした蘇双がもう一度楊采を見ると、彼は既に別の場所へ行こうとしていた。

「楊采、もう行くの?」
「うん、あんまりサボると怒られるからね」
「そっか、案内してくれてありがとう」
「どういたしまして。あ、この辺虎が出るから暗くなる前に帰れよー」

とても良い笑顔で手を振り、楊采が帰っていく。
蘇双もうん、と手を振り返していたが、その後ろで馬鹿二人が固まる気配がした。

「え? 虎?」
「虎って、あの虎? ええええええええ!?」

なるほど。だから人が滅多に来ないと言っていたのだ。
張飛と関定が大騒ぎする中、楊采の言葉の意味が分かった蘇双はすっきりした気分でひとり頷いた。
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