色々夢

□秋水の誓い
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4-2

関羽が恐る恐るといった体で夏侯淵を見上げてくる。

「ね、ねえ、夏侯淵。夏侯惇は、楊采が女の子だって知らないのよね?」
「お前! 気安く話しかけ……って、知ってるのか?」

ええ、と関羽が頷く。
ようやく、楊采がやたらと仲良くしている理由がわかった。
考えてみれば、一応は女同士である。軍の中にあって、戦いに参ずる女など今までいなかったから、楊采は身近に感じているのだろう。

夏侯淵としては十三支に近付くのは嫌だったが、あまりおおやけに話せない内容なので自然と声が小さくなる。

「気付いていたら、女嫌いの兄者があんなふうに笑って楊采のことを語る訳がないだろ…」

楊采が女と知った時、真っ先に夏侯惇にも話すべきだったかもしれない。そう思うことは未だにある。
楊采の男装があまりに自然で時々忘れてしまうが、秘密を知る者が増えて不本意ながらも夏侯淵は少しだけ肩の荷が降りた気がした。

「本当に知らないの? でも、今のまるで……」
「まるで、何だ?」
「な、なんでもないわ!」

先程の夏侯惇の笑みに、夏侯淵が感じて言葉に出来なかった何かを、関羽も感じ取っているようだ。しかも言葉にできるほどに。
もどかしくて更に問い詰めようとしたが、不意に誰かに腕を掴まれた。

「なんだお前たち、いつの間に仲良しさんか?」
「うわああ!」
「きゃああ!」

近付いてこそこそ話す二人の間に、割って入ってきたのは楊采だった。気配を消して忍び寄ってきたらしい。
飛び退いて、夏侯淵はさっと身構えた。

「そんなわけあるか! お前のせいだからな!」
「は? なんで?」
「それより今まで何処に行ってたんだよ!」

楊采のせいで嫌々夏侯惇に隠し事をして、十三支と話までするはめになっているというのに、当の楊采はけろりとした表情で頭を掻いている。
女らしさの欠片もない。というか、品性がない。

「あー、疲れたんで寝てた」
「なっ?!」

言われて見れば、髪に寝癖がついている。
絶句する夏侯淵をよそに、楊采は次に関羽に向き直った。

「なあ関羽、ちょっと背中の傷口診てくれない? 流石に見えなくてさー」
「良いわよ」
「じゃあ悪いけど夏侯淵、関羽に手当てしてもらった後でそっちに合流するから……覗くなよ?」
「誰がするか!!」

そもそもの始まりはそこだ。着替え中に誤って部屋に入り、女と知って、バラしたら血祭りに上げてやると脅され、今に至る。

最初は何が何だか分からなかった。だが、楊采は華奢だが普段は男にしか見えないし、何よりその正体を知る曹操からの厚い信頼と誰もが認める実績がある。
結局、楊采は楊采だ、という結論に落ち着いたら、女かどうかなど夏侯淵にはどうでもよくなった。第一、血祭りにあげてやる等と脅してくる奴を女として見れない。

だが、夏侯惇はどうなのだろう。敬愛して止まぬ兄の唯一の弱味かもしれない女嫌いがどう影響するのか、夏侯淵には分からない。

楊采もきっと同じなのだ。
今の心地好い関係が壊れるのが恐ろしくて、言い出すことができないでいるのに違いなかった。

「夏侯淵。今、楊采の声がしなかったか?」
「兄者! あ、ああ…そうだ、あいつ、今まで寝てたとか言ってたんだよ!」

夏侯惇が戻ってきたので慌てて楊采が去った方を見るが、もう姿が見えない。こういう時だけ異常に素早い。

「寝てた…か。呑気な奴だな」
「笑って済む問題じゃないぞ兄者!」
「分かっている。よし、休憩は終わりだ。行くぞ」

今までの夏侯惇なら怒ってもおかしくないだろうに、彼は一瞬驚いた顔になったものの呆れたように笑いだした。
軽く夏侯淵の肩を叩くと、兵の指示出しに行ってしまう。

「なんだよ兄者…あああーもう、考えるの面倒くさい! 楊采のばーかばーか!!」

混乱しそうな頭を無理やり楊采への罵倒に変えて、夏侯淵も仕事に戻ることにした。
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