色々夢

□秋水の誓い
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24ー2

見えない城壁の向こうに目を向け、楊采は続けた。

「けど、他は、正直分からない。残ってる猫族の居所まで探れなかったし、商人の出入りはあるから、街としての機能が残るくらいには人々が生かされているのは分かったけど」

自分なら。
思わず言ってしまいそうになって、口をつぐむ。
相手が趙雲とは言え、その先はとても残酷な内容になる。さすがに声に出してしまうのは憚られた。

きっと、自分が人質をとるなら。
劉備だけを残して、後は始末する。劉備ただ一人がいれば、人質の役割は十分果たせる。街の人々も、非戦闘員の他の猫族たちも、外にいる戦闘員の猫族の気持ちを挫く為だけに殺すように命じるだろう。

呂布に交渉する気があるかどうか分からないから、仮に今そこまでしていないとしても、このまま放っておけば、街を荒らす兵士や呂布の気まぐれで全滅してしまうという可能性はある。

本当に猶予がない。しかし出来ることもない。
改めて、強者と弱者の差というものを思い知らされる。

嫌な感覚だ。
二度とこんな思いをしたくない、その一心で曹操に仕え、軍を強化してきた。

なのに、何故自分はその大事な場所から離れてここにいるのだろう。
曹操が戦前に皆を鼓舞する、あの力強い声が無性に聞きたいと思った。

「楊采?」
「…いや。関羽なら…曹操様なら、きっと来てくださる。もう少し、待とう」
「ああ、勿論だ。それにしても…張飛の戻りが遅いな…」
「……そう言えば、そうだな」

張飛が飛び出して行ってから時間が経つ。人の気配を探るくらいなら、とっくに戻ってきていい頃だった。
顔を見合わせ、二人は一気に走り出す。

戻らない理由など、敵に遭遇しているから以外にない。
二手に別れ、しばらく進めば案の定、何かを叫ぶ張飛の声がする。

「チッ……!」

張飛を目指して飛び出した先は、敵の正面。考える余裕はなく、本能のまま剣を突き出した。

「張飛、伏せろ!」

確実に斬ったという感触だけは手に伝わる。目線は既に戦い疲れてふらつく張飛の背後だ。迫りくる男の金髪が靡き、木漏れ日で輝いた。

「楊采さんですか…」
「お前…っ」

張遼である。
張飛を庇うように進み出て、しなりながら迫ってくる彼の剣を弾く。

「ゴメン楊采…っ」
「謝る事は何もないぞ張飛。よく一人で頑張った」

一人で行かせたのは自分だ。こうなったのは彼のせいではないし、既に倒されている兵士の数を見れば、張飛の奮戦ぶりは十分に伝わった。

「数日ぶりですね、楊采さん」
「会いたくなかったけどな。というか、回復早すぎなんだけど」
「ええ、派手に壊れましたから、呂布様に叱られてしまいました」
「あっそう」

言っている意味は分からないが、呂布に怒られたのならザマを見ろと思って鼻で笑ってやる。

それにしても不思議なのは、張遼が平然としている事である。
関羽の助太刀に入った際、罠を張っておいた場所までうまく誘導する事ができた。けっこうな量の落石攻めに遭わせたのにここまで回復しているとは。

張遼と話している間に少し息が整えられたのか、再び拳を構える張飛。その目にまだ光があるのを確認して、楊采も剣を構え直した。

「で、どうする? まだやるのか?」
「…いいえ。この場で貴女方を相手するのは得策とは言えません」

張遼が自身の剣をしまい、穏やかな微笑みで一礼する。
彼が連れていた兵士の大半は張飛に倒されている。僅かに残った兵士たちは、恐れをなしたのか、楊采と張飛の一瞥を受けると悲鳴を上げて逃げ出していった。
それに気を取られた隙に、張遼の姿は消えていた。

「あれ?」
「居ないな。相変わらず不気味なやつだよ全く…まぁいいや急いで戻ろう、皆が心配だ」
「え、趙雲は?」
「先に皆の所に向かって貰ったよ」
「そっか…」

はあ、とため息をついて、張飛がとぼとぼ歩き始める。
その後ろ姿をしばらく見詰めていた楊采だったが、ニヤリと笑うと思いきり背中を叩いてやった。

「痛ぁっ!! 姉貴のより痛い!」
「そいつは光栄だね。ほら元気出せ! 張飛は立派に皆を守ってるよ」
「……っ」

文句を続けようとしていた張飛が、情けない顔で黙り込む。
泣きそうなのは背中が痛いからだよな、と苦笑と共に言い残して、楊采は張飛の前を駆け出した。
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