色々夢

□秋水の誓い
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袁紹を討った今、中原の地は曹操の物となった。
しかし領地が広がれば、その分監視の手も必要となり、忙しさは倍増する。
休む間もなく働き回っているはずの楊采を見つけて、関羽は稽古の手を止めた。

「楊采!どうしたの?」
「うん、聞きたいことがあって…みんな、集まってくれ」

趙雲と猫族たちが皆で稽古していた所だ。張飛らもやってきて、楊采の回りにすぐ人たがりが出来た。

「これからの事だ」

そう前置きして、楊采はぐるりと見渡した。彼女へ向かう皆の視線は信頼で溢れている。それを受けてなのか、楊采の笑みが苦笑いに変わった。

「実はちょっと揉めてて、選んでもらおうと思ってな…君たちが徐州で暮らすか、それともここで暮らすか。他の場所が良ければ私はそれでも良いけど」
「え!?」

関羽たちはきょとんとして互いの顔を見合わせる。兵士として猫族部隊が組み込まれている以上、曹操の目の届く範囲に居なければならないとばかり思っていたのだ。

「だって、もう監視の必要無いだろ。すっかり仲良しだもんな!」
「誰がだ!!」

ニコニコして言う楊采にそう返したのは、猫族たちではなく彼女の背後から新たにやって来た夏侯惇と夏侯淵である。

「誰がいつそんな生温い状態になった…!」
「君らと彼ら。私が居ない間、仲良くしてたそうじゃないか。偉いぞ〜」
「楊采!」

ついでに頭も撫でてしまいそうな台詞だが、完全に棒読みである。夏侯惇らのこめかみに青筋が見える。

「ま、とにかく選択権は彼らにある。それくらいは譲歩しろよ」
「けど…こいつらをまた野放しにしたら…その…誰かに利用されたりとか…」
「素直に心配だ!離れたくない! って言えないのか夏侯淵」
「なっ!?」

夏侯淵は顔を真っ赤にした後、関羽をちらちらと伺ってから、結局無言で走って行ってしまった。
何故そんな反応をされるのか分からないので、関羽は首を傾げる。
義弟を見送って、夏侯惇が溜め息をついた。

「あいつ…」
「はい一人脱落。それで、夏侯惇は言いたい事あるか?」
「そうだな…」

話を振られた夏侯惇はと言うと、しばらく、楊采だけをじっと見詰めていた。そして、ゆっくりと独眼を猫族全体に向ける。

「…お前たちが、少なくとも楊采を裏切らないという事は信用して良いと思っている」
「それは勿論!」
「だが…曹操様の覇道は完成ではない。まだ戦は続くのだ。お前たちに、共に戦う覚悟があるのか?」

予想以上に真面目な質問を受けて、関羽たちは言葉を詰まらせた。しかし、そこにまたしても楊采のひやかしが入った。

「つまり夏侯惇は、仲間として一緒に戦いたいと思っているんだな?」

覗き込むようにしながら夏侯惇にすり寄る楊采。夏侯惇もそれに一瞬たじろいだのだが、すぐに落ち着きを取り戻したようだ。
以前ならば焦って言い返していただろうに、彼も随分変わったなと関羽は妙な所で感心してしまう。

「…お前が、命を懸けて守ろうとした奴らだ。俺は──…」
「…!」
「?」

なんと今度は、楊采が固まる番だった。最後の方は夏侯惇が彼女の耳元で長々と何か囁いていたが、残念ながら関羽には聞こえなかった。
珍しく、あからさまに動揺を見せた彼女を、夏侯惇が隙なく追い詰めていく。その顔に楽しそうな笑みが浮かんでいて、これも大変珍しい。

「どうした楊采。俺はただ質問に答えただけだが?」
「う…っ、今とか…、ずるいぞ…!」
「何の事だか分からんな。とにかく、俺は──」
「やめろ、分かった! 降参!」

楊采が焦って逃げ出す姿など目撃するのは初めてで、関羽たちはただひたすら物凄い速さで彼女が居なくなるのを見ている事しか出来なかった。

「…ふん」

すっかり静かになった鍛練場で、勝ち誇った笑みを浮かべていた夏侯惇が、関羽たちの視線に気付いて咳払いする。

「先程の答え、考えておけ。今宵は宴だ。その時に聞く」
「わ、分かったわ…!」

関羽たちが慌てて頷くと、夏侯惇はいつもの不機嫌そうな表情に戻って、その場を去っていった。

「何だったの今の…」
「よく分かんねぇけど色々貴重なもん見たな…」
「だな…」

口々に言いながら、皆が緊張を解く。
気になることは多々あるが、夏侯惇の問いに答えなければならない。

「わたし、劉備を連れてくるわ」
「あ、姉貴ー、オレも行く!」

張飛が追い付くのを待って、関羽も走り出した。

本当は、関羽の中で答えは決まっている。劉備が何と言うかも分かっている。
ただ、関羽の決意には、反対意見が出るかもしれない。それでも、意思を曲げるつもりはなかった。

「ふふ…」
「姉貴?」
「何でもないわ。それより張飛、遅いわよ!」
「わ、ちょ速っ…!」

抑えきれぬ気持ちを表すように、関羽はどんどん走るスピードを上げていった。
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