色々夢

□秋水の誓い
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堅く閉ざした門は、普通ならそうそう破られたりしない。
というのは、やはり普通の人間を相手にした場合の話だ。

「賭けに負けた…か」

馬上で呟き、周囲の部下たちに聞かれたかもしれないと内心焦って視線を流す。
まあ、皆それどころではないようで誰も気付いていないのだが。

今、曹操軍は戦力のほとんどを徐州侵攻に送り出している。攻め入られる可能性はあったのだが、守りの戦力を十分に残さなかったのは、簡単に言えば賭けに出たからである。

まさか、よりによって呂布が来るとは、曹操とて思っていなかっただろうが。

頼みの綱は堅固に築き直した城郭で、ここ数日は呂布の元に集まっているゴロツキのような兵士たちを上から蹴散らすだけで終わっている。
おそらく、呂布は時間を使ってじわりと追い詰めるつもりだ。
なぜなら、彼女の狙いは徐州から曹操軍を撤退させる事にあるから。

結果的に徐州を助けることになるが、彼女の行動の理由は関羽にある。
関羽たち猫族が幽州の援軍として徐州に入ったと、既に密偵から報告が入っている。

今頃、曹操もこちらの報告を聞いて兵を戻らせている頃だろう。悔しいが、呂布相手にもちこたえられる戦力はない。

「最悪だな…」

やはり、残って居てくれたら。
今更ながらそんな思いがよみがえって、楊采はゆるく首を振る。考えても仕方のない事だ。

城郭の上から、弩だけでは対処しきれないほど敵が増えているとの報告が飛んでくる。それに頷きを返して、楊采は手を上げた。

「 門を開け!」

残された戦力であるわずかな兵士たちに楊采が伝えたのは呂布が出たら逃げて良い、という事だけだ。

門が開く。

住民は既に城の中に避難させてある。とは言え、戦が終わって住み処がめちゃくちゃになっていたのでは話しにならないので、一兵たりとも中へ入れるつもりはなかった。

「さあ、蹴散らすぞ!!!」

選び抜いた兵だけで飛び出して、楊采は再び門を閉めさせた。
愛剣は抜かず、馬に股がったまま槍を持って先頭に立つ。その後ろで、兵が覚悟を決める気配を感じ取った。

「付いてきてくれてありがとうな、お前たち。背中は任せる。だが、無茶はするなよ」
「はっ!!」

頼もしい返事を聞きながら愛馬を軽くひと撫でし、その腹を蹴る。力強く嘶いて、馬は速度を上げた。
向かう先には一際大きな敵兵の集団。

「頼むぞ!」

集団を真ん中から切り崩すように走る。視線で合図し、部下たちは楊采の後ろにぴたりと続かせた。

愛馬の蹴りと楊采の槍が舞う度、断末魔の叫びが上がり、それを逃れた者たちも彼女の後ろを走る部下たちに討ち取られる。
予定通りに動けている手応えを感じながら、楊采は進路を絶妙に操る。

「よし!」

ある程度集団の終わりが見えたところで二手に別れて旋回し、門目指して全力で走る。
準備を終えた火矢隊が弓を構えているのがよく見えた。

こちらの準備は、最後尾についていた部下たちが既に行っている。
見れば、ちょうど全て終わった荷馬車が軽々と荷台を引いて楊采を追い抜くところだった。

これで、今度は楊采が最後尾についたことになる。

「楊采様、終わりました!」
「おう! 早いところ中に戻れ!」

後ろに目をやると、敵兵士たちが皆粉塵の向こうに霞んでいた。
正体は撒き散らした大量の粉。勿体なくはあったが先日仕入れたばかりの食糧の一部だ。
呂布が現れたとの一報が入ってから毎日、街の女たちに頼んで砂より細かくなるまで石臼にかけて貰った。

楊采は槍を天に掲げ、馬の速度を更に上げる。
荷馬車が門に入っていくのを見ながら、振り返る事なく槍を降り下ろした。

「…派手に死ね」

大量の火矢が放たれる。

────!!!!

大爆発が起きた。
予想通り、いやそれ以上の爆音で、一瞬耳が聞こえなくなった。

馬の耳を押さえてやりながら、楊采はゆっくり速度を落とさせる。

作戦は成功だ。
今ので、惨いとしか言えないほど残酷に大量の兵が死んだ。これで敵の士気は確実に下がるだろう。

爆発の余韻が落ち着くのを見計らって、そっと様子を確認する。
即死した者、僅かに息がある者、運よく大怪我は免れた者、様々だ。しかし、立ち上がれる力のある者はいない。
早く帰ろうと、門の方に顔を向けた、その時。

「おっと…おい、どうした…」

爆発にも怯えなかった愛馬が、指示なく後ろに下がり始めたのだ。
馬から降りて宥めにかかるが、どうしても前に進みたくないようだった。

「ああ〜はいはい、分かったって。今、下がるから…」
「──あら、下がってしまうんですの? 折角の逢瀬ですのに」
「!!」

こんな戦場でなく、歌でも歌っていたら思わず聞き惚れるであろう、美しい女の声。
戦慄が走って、楊采は直ぐ様剣を抜いた。その後ろで愛馬が嘶いて警戒を露にする。
粉塵の向こうから、一人の女が近付いてきていた。
いよいよ呂布のお出ましという訳だ。

「お久しぶりですわね、楊采ちゃん」

死体が転がる戦場の只中、呂布は辺りを見渡し、満足そうな吐息を漏らす。

「派手にやってくれましたわね。私、久しぶりにゾクゾクしましたわ」

死体を踏みにじりながら、呂布はにこりと笑う。
来るとしても明日あたりだろうと予想していたが、目測を見誤ったらしい。
愛馬を下がらせ、楊采は剣を構える。

それでも、彼女は足を止めようとせず、淡々と歩を進めている。いつも付き従っている張遼が傍にいないのが気になった。

「うふふ。何を考えているか当てて差し上げましょうか。お察しの通り、張遼ちゃんは別行動ですの。私と楊采ちゃんの逢瀬を邪魔する不粋な輩がいると困りますもの」

それを受けて、楊采はようやく口を開いた。

「ほお? 呂布様は本当に私との逢瀬を御所望で? 本命は関羽なくせに」

呂布が上機嫌で武器を構え、笑みを深くする。

「あらあら、妬いているのかしら可愛いこと。ご安心なさいな。ちゃあんと貴女の事も、本気ですのよ!」
「!」

息つく間もなく、呂布の初撃を食らった。
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