色々夢

□秋水の誓い
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洛陽に辿り着いた連合軍を待っていたのは、あまりにも酷い惨状だった。

洛陽は燃えていた。

董卓が火を放ち、無理やり民を引き連れ遷都を図ったのだ。
漢王朝四百年を支えた美しい都は、一瞬にして廃墟となっていた。

「これが洛陽…?」

横にいた関羽が青ざめて呟く。楊采は無言で焼け落ちていく建物を見つめる。
変わり果てた都を前に、曹操が怒りをあらわにした。

「これが董卓だ。いらなくなったものはすべて捨ててしまう。人も町も文化も歴史も…董卓を野放しにすればいずれこの国は滅ぶ。直ちに追撃するぞ!」
「はっ!」

曹操軍はすぐに動き出した。そこへ、公孫賛がやって来る。
曹操と何か話し始めるのを見ていると、楊采たちの元に趙雲が近づいてきていた。

「楊采、関羽」
「趙雲…あの様子だと公孫賛殿は洛陽に残るのだな」
「ああ。残されている民を救わなくてはならない」
「そうか…そうだな」

終始穏やかな公孫賛の人柄を考えれば、その選択が一番良いように思う。そして、趙雲も。彼の存在はきっと、絶望する人々に希望を与えてくれる。

「関羽。君も残るか?」
「え?」

優しい彼女の事だから当然そう言い出すだろうと思っていたのだが、関羽はとても驚いていた。
少しだけ迷うように視線を漂わせ、彼女は趙雲に向き直る。

「趙雲、劉備のことをお願いしても良いかしら?」
「! 猫族は、曹操軍と一緒に追撃するのか?」

趙雲も驚いて問いかける。関羽は力強く頷いた。

「董卓を倒さなければ猫族に未来はない。最初はその為だったけど…私欲の為にこんな酷いことをする董卓は許せないわ。わたしたちは曹操についていく」
「…わかった。関羽、劉備殿のことは任せろ。気を付けて行くんだぞ」
「ありがとう」

彼女らしい覚悟の決め方だ。楊采はなんとも言えない気持ちで彼女の横顔を見る。
すると、関羽がこちらに向いた。

「楊采。洛陽にいた頃、あなたが道を歩いていると町の人たちが皆嬉しそうにあなたに話しかけていたわ…わたし、その光景がとても印象的で、それにとても好きだった。それが、こんな形で奪われたのが本当に許せない。だから、一緒に戦うわ」
「関羽…ありがとう」
「楊采、洛陽の人々のこと、俺たちに任せろ」
「ああ。頼むよ。趙雲が残ってくれるなら安心だ」

それから、関羽は劉備を預ける為、趙雲を連れて猫族の待機場所へと向かっていった。
それを見送り、楊采は崩れかけの塀の陰に飛び込む。ずるずると座り込み、頭を抱えた。

「さすがに、これはな…」

楊采にとって洛陽は愛着のある地で、居心地の良い所だった。
当然、顔見知りも多い。その内の誰一人の安否もわからない現状は、心構えしていた以上の衝撃を、楊采に与えていた。
そこへ、関羽と趙雲が優しい言葉をかけてくるものだから、つい込み上げてきてしまったのだ。

膝を抱え、うずくまる。もう少し気持ちを落ち着けてからでないと、今は人の前に出ていけそうにない。
だというのに知っている足音が近付くのが分かって、楊采は舌打ちしたくなった。

「…泣いているのか」
「誰が泣くか」

夏侯惇だ。顔は上げないまま、楊采は答える。
彼が目の前に膝をつく気配がした。声がずっと近くなる。

「ならば顔を見せろ」
「嫌だ」
「おい、我々は一刻も早く進軍せねばならんのだぞ……っ!」

無理やり頭を上げさせられ、夏侯惇と目が合う。動揺を見せたのは夏侯惇の方だった。
何故か頬を赤く染めて、気まずい様子で目を反らす。

「お前はっ……なんという顔をしているのだ…!」
「え…?」
「…酷い顔だ」
「そんなに酷いか」
「ああ、酷いな」

立ち上がった夏侯惇は、服についた土を払い、咳払いする。
その間に楊采も立ち上がり、目を閉じてゆっくりと息を吐き出した。

夏侯惇の言う通り、座り込んでいる暇などない。数十万という民を連れている董卓が遠くまでいかないうちに、追撃をかけなくてはならない。

目を開けると、夏侯惇はまだこちらを見ていた。その強い眼差しが、落ち込み曇りかけていた楊采の意識に活力を与えてくれる。

「必ず董卓を討つぞ」
「…勿論だよ。行こう!」

気持ちを引き締め直して、楊采は自軍の兵の元へ向かった。
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