色々夢

□短編
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突然部屋に入ってきて、楊采の弱点を教えろという、味方の軍師とは思えぬ発言を堂々としてのけたのは、もちろん郭嘉である。
賈栩と戦術の話し合いをしていた夏侯惇は、呆れて返事を忘れ、真剣そのものの郭嘉を眺めやった。

「ねえ、おーしーえーてーよー! 夏侯惇なら知ってるでしょ?」
「…何故俺に聞く」

未だに掴み所のない楊采の言動の数々が頭を過る。彼女の弱点など探したこともないが、食べ物の好き嫌いすら無かったように思う。

「だって、いつも一緒にいるじゃん!」
「変な言い方をするな。ずっと同じ主君に仕えているのだから付き合いが長いのは当たり前だろう」

勢い込む郭嘉の額をピンと弾いてやり、努めて冷静に訂正する。
郭嘉が頬を膨らませて半眼になった。

「…それだけじゃないと思うけど…」
「っ…と、とにかく、俺が知っていたとしてもお前には教えてやらん!」

敢えて弱点をあげるならば曹操だろう。敬愛して止まぬ──心酔の方が正しいだろうが、その曹操の身に何かが起きたら確実に楊采は取り乱す。
そんな姿は見たくないし、そもそも曹操に何かあったら自分だって大変困る。
しかも楊采が曹操をどれだけ大事に考えているか街の子どもですら知っているのに、そんな分かりきった事をわざわざ郭嘉に告げても笑われるだけである。
この少年はそれ以外で何か弱点がないかと聞いているのだろう。

「ケチ! じゃあ賈栩は?」
「そうだね。知っているよ」

それまで黙っていた賈栩が事も無げに答えるものだから、夏侯惇も郭嘉も一瞬何を言われたのか理解が遅れた。

「え、知ってるの? 教えて!」
「おい、賈栩…!」

何と答えるつもりなのか知らないが、とにかくと止めさせようとした夏侯惇だったが、いつも通りの無表情を貫く賈栩にその視線で制されてしまった。

「同じ主君に仕える軍師として、互いが補えるよう弱点を知っておくことは重要だと思うよ」
「! そ、そうだよ! だから知りたいの!」

郭嘉が感心したように目を見開いたあと、慌てて頷く。
単に玩具にされている恨みをはらしたいだけだろうに。
夏侯惇にもそれは分かっていたが、やはり賈栩に目で止められ、口を挟ませて貰えない。

「楊采の弱点は…」
「うん!」

勿体ぶる賈栩の視線がゆっくりと郭嘉へと向けられる。

「郭嘉だよ」
「……は?」

あまりに意外な答えで、夏侯惇は間抜けな声を上げてしまった。
郭嘉も暫くきょとんとしていて、夏侯惇と目があってからハッと気付いて眉を寄せた。

「な、何馬鹿なこと言ってるの? 賈栩?」
「本当だよ。本人から聞いたんだからね。楊采はいつも君の事を気にかけている。誰よりも健やかな成長を願い、優秀な軍師として、より一層才能を開かせてほしいと、日々願っているんだよ。だから君に何かがあれば楊采はとても悲しむ。それは弱点と呼ぶに十分なのではないかい?」
「……」
「おや、信じられないかい? まあ、楊采もさすがに恥ずかしいのか、本人に悟られないようにしているようだったからね」
「……」
「弟のように大事に思っているそうだよ」

黙りを決め込んだのか、郭嘉はずっと、賈栩を睨むように見上げている。
その程度で賈栩の鉄面皮が剥がれることなど無いので、彼は平然と見つめ返しているが。
その二人の顔を交互に見ていても別に楽しくもない。夏侯惇はため息を飲み込んだ。

「……」

そのうち、郭嘉は無言のまま静かに部屋を出ていってしまった。
顔が赤かったのは、気づかなかった事にしてやった方がいいだろう。
部屋に沈黙が訪れる。

「……賈栩……今のは、本当か?」

事実だとすると、夏侯惇には少なからず衝撃だったのである。もちろん仲間としての情があるのは分かっていたが、彼女がそこまで郭嘉を思い、期待を寄せていたなんて知らなかった。

夏侯惇に向き直ると、賈栩が悠然と頷いた。

「間違いなく本人が言っていたよ」
「……そうか」
「その後の反応まで見事に言い当てていたのは流石だね。もう少し反発すると思っていたのに、今ので郭嘉の弱点がよく分かったよ」
「……? 何だと?」
「『そろそろ仕返ししようとしてくるから、聞かれたらこう答えてくれ』と言われたのでね」
「!!!?」

と言うことは、先程のは全部楊采の手のひらの上の出来事と言うことになる。
背筋が冷たくなった。

「さて、我々も仕事に戻らないかい? 早く終わらせて休みたい」
「そう…だな…」

郭嘉の事など既に忘れ去ったかのような穏やかな表情で言われ、夏侯惇はぎこちなく賛同した。
こんな恐ろしい軍師ばかりで自軍が構成されているのだと改めて思い知らされて、無性に泣きたくなった。





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十三支の郭嘉ほんと可愛くて…だから苛めたくなる←
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