色々夢

□一鶚に如かず
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黄巾賊討伐の遠征から戻った曹操を出迎えたのは、一人の小柄な青年だった。
中性的な柔らかい雰囲気を持っていて、一見しただけでは、曹操から最も信頼される武将だと言われても信じられないだろう。

「曹操様、お帰りをお待ちしておりました」

ふわりと笑む青年に、曹操も柔らかな笑みを返す。

「ああ、今戻った。首尾はどうであった?」
「上々です。問題ありません」

青年──楊采は、曹操たちが遠征に行っている間、都と屋敷の守護を任されていた。
他にも細々した仕事を一挙に引き受けていたはずだが、彼に疲れは見られない。
が、曹操のすぐ後ろにあるものを見つけ、初めてその笑みが驚きの表情へと変わった。

「曹操様、そちらの方は…?」
「これは…客人だ。丁重にもてなせ」

ふわふわしている。それが楊采が抱いた第一印象である。
幼いが整った顔立ちで、怖がっているのか震える度に綺麗な銀髪が揺れる。その頭に、所謂『人間』とは違う形状の耳が生えている。
十三支──猫族だ。遥か昔、最悪の妖怪と言われた金眼の血を引くという、呪われた一族。
確かに、真っ白い少年は金色の眼をしている。

「……」
「申し遅れました。私は楊采と申します。宜しければお客人の名前をお聞かせいただけますかな?」

猫族の少年は泣きそうな目でじっと楊采を見つめている。いつもの笑顔に戻った楊采は、そのまま視線を受け止め続けた。

「…………りゅうび…」
「そう、りゅうび殿…ん? 劉備殿ですか?」

曹操がこの遠征中に猫族の隠れ里を見つけ、軍に加えた事は既に知っている。
その報告の中で、劉備という名を聞いた気がした。

まさかと思い曹操を見上げると、彼は目を細めてうなずいた。

「ふ…さすがに情報が早いな。劉備は十三支の長だ」
「……成る程、かしこまりました」

彼の思惑を察し、楊采は慎んで彼からの命令を承る事にした。
部屋に戻る曹操を見送ると、今度は、劉備の目の高さまで屈んで話しかける。

「劉備殿。すぐに貴殿の部屋を用意しましょう。案内するので、ついてきてくれますか?」
「……うん…」

一人きりで連れられてきて、心細いのだろう事は、表情を見れば分かる。なるべく優しい言葉に直してやることにした。

「…良い子にしていれば怖いことなどない。分からないことがあれば聞いてくれ。できる限り力になろう」
「………かんうにあいたい…」

関羽。言われた名前を報告と合致させて、楊采は「うーん」と唸った。
関羽は確か、猫族の娘。相当な手練れだと聞いている。

「そればかりは、無理かな…けれど彼女は、今頃こちらに向かって移動中だ」
「ほんと?」
「ああ、何日かすればそのうち会える。それまで私と遊んで待っていてくれるかな?」
「うん!あそぶー!」

関羽効果は抜群で、劉備はすぐに輝くような笑みになった。思わずよしよしと撫でてやりたくなる。
が、仮にも初対面、しかも客人と言われてはそれも無礼だろうか。

「ありがとう、劉備殿。ではこちらへ。屋敷を案内しましょう」
「うん!」

ちょこちょこ付いてくる気配を感じつつ、楊采はゆっくりと歩き出す。

黄巾賊の長は討ったものの、巨大な集団になっていた彼らの残党はまだあちらこちらで人々を襲っている。
この洛陽周辺に出没する賊の討伐は、都の守護に関する指揮を任される楊采の管轄である。
夏侯惇や夏侯淵ら主要な武将たちが戻ってきたので、戦力は問題ないだろうが、加えて猫族の世話もとなると、少しばかり骨が折れそうだ。

「まぁ、暇してるより良いか…」

まず今日は、曹操の無事の帰還を喜ぶべきだ。恐らく宴になるだろうから、それまでにこの少年ともう少し距離を縮めておきたい。
屋敷内が珍しいのかきょろきょろしている劉備を眺めやり、子供の遊びは何なら良いかと、考えを廻らせていた。
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