色々夢
□ハルカナルユメ
9ページ/24ページ
2/2
返答に詰まっている間に、おれは母親に腕を掴まれ連行されていた。
似てるとは思うが、娘より母親のほうが逞しいかもしれねぇな。
「部屋に案内したら飲み物取りにいらっしゃい」
「いや、お構い無く…」
「あ、あの、晩御飯の準備手伝…」
「二人とも気にせず寛いでいて頂戴ね!」
こっちの話なんて聞いちゃいねー。
キッチンへ続くであろう扉が閉まり、おれたちは廊下に取り残された。
自然と顔を見合わせることになり、あいつは顔を真っ赤にしながら扉の一つを指差した。
「え…と…こちらです」
「あ、ああ…」
事務所寮の部屋は何度か行ったことがあるが、まさか実家に来ることになるとはな…さすがのおれもいきなり過ぎて心の準備ができてねぇ。
通されたあいつの部屋は綺麗に片付いていた。本人がいない間にも母親がちゃんと掃除しているのだろう。
「すみません、狭くて…このクッション、使ってください。今、飲み物持ってきますね」
「ん…サンキュ」
あいつが出ていく足音を聞きながら、悪いと思いつつ部屋の中を見させて貰う。
部屋の半分をピアノが占めている。あとベッドとテレビがあって、本棚は遠目でも分かるほど音楽関係の物で埋まっていた。
女の部屋ってのはもっと色んな物がありそうに思うが、さすがと言うか、音楽以外は本当に無頓着なんだなあいつは。
本棚の前に立つ。
教本やCDが並ぶ中、下の方にいくにつれファイルばかりになっている。
上から覗くと五線譜が見えた。
興味が湧いて一つ手に取ると、飲み物を持ったあいつがちょうど戻ってきた。
おれとファイルとを交互に見て、事態を察したらしい。
驚愕、としか言い様のない表情は見物だった。
「ダメです!! それはあの、恥ずかしいです!!」
「別にいいじゃねぇか、作曲したやつだろ」
「でも昔ので…ああっ」
飲み物の盆が手にあるから、すぐには取り返しに来れない。
その間に、おれは立ち上がってあいつの手の届かない場所へファイルを掲げた。
「先輩…っ」
「待て、何もダメ出ししようって訳じゃねーよ」
「それは確かにされたら落ち込みますが…そういうことじゃないです…っ」
ぴょんぴょん跳ねるのを交わして部屋を歩き回る。
動いてたんじゃ楽譜が読めねー!
「……っと、うわ」
楽譜に気を取られた瞬間、おれはベッドの足に躓き倒れこんだ。
何故か、追い掛けてきた春歌も躓いておれの上にダイブしてきた。
「うぐっ」
「ご、ごめんなさいっ」
二人分の体重でベッドのスプリングが軋む。
起き上がろうとするのを、片腕で抱き込んだ。
「先輩っ…」
「追い掛けっこは終わりだ。じっとしてろ」
「でも…」
「大人しくしねぇと襲うぞ」
「…………」
勿論冗談だったんだが、真に受けたのか腕の中のあいつは急激に大人しくなった。
まぁいいか。
暫く、おれがファイルを捲る音だけが部屋に響く。
五線譜に並んだあいつの手書きの旋律は確かに拙いものの、どれもこれも今のあいつにつながるもので、作曲している姿まで見えてきそうなくらい生き生きしていた。
曲を作るのが楽しくてしょうがねぇ。自分の曲を弾けるのが楽しくてしょうがねぇ。
そんな思いで溢れている。
その中の一つに目が止まり、気づくとおれはあいつに言っていた。
「この曲、弾いてみてくれよ」
「え…」
「ほら、早く」
「は、はい!」
楽譜を受け取り、ピアノの前に座る。
おれはベッドに腰掛け、静かにその時を待った。
が、なかなか始まらない。
「おい、どうした」
「やっぱり恥ずかしいです…昔のだし、改善点が一杯で」
「なら、アレンジしてみろよ。出来るだろ」
「はい…」
楽譜へ向ける視線が真剣なものに変わる。
程なく、優しいピアノの旋律が始まった。
へえ、あれがこうなる訳か。
才能があるのは知ってるが、即興のアレンジでここまで化けるとなると、こいつも成長しているのだと強く実感する。
それにおれも一応、昔ピアノを弾いたことがあったが、こんな音色ではなかったと思う。
ただ鍵盤を押すだけなのに弾き手によって音色が変わる。ピアノに限らず楽器ってのは不思議だ。
優しさと強さに溢れた、心地よいメロディが部屋に響き渡る。
「…お前そのものだな…」
「?」
思わず零れたおれの呟きは、聞き取れなかったらしい。
なんでもねーよ。
口の動きだけでそう伝えて、おれはベースを取り出す為ベッドから立ち上がった。
20130602
======
春歌ちゃんの家族構成が謎。実家がわりと近いという事しか情報がないのですが…
そして蘭丸視点にすると全然春歌って呼んでくれないって気付いた…!
この後夕飯一緒に食べて、片付け手伝ってる春歌ちゃんに母親が「素敵な彼氏さんね」とか言って春歌ちゃんが真っ赤になったり真っ青になったりするんです。「どうして分かったのお母さん!」「母親だから♪」的な展開があるのです。書かないけど。