色々夢

□ハルカナルユメ
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◎蘭春 【変わらぬ君を】1/2

予定よりだいぶ早く仕事が終わった。
明日の朝一から撮影だが、今日はもう仕事はない。

夕方とは言えまだ空は十分に明るく、こんな時間に帰れるのは久しぶりだった。

…あいつ、一日オフだったよな。帰ってメシ食って、ゆっくり新曲の話するか。

そう思った途端、自転車のスピードがぐんと上がる。

単純だってのは分かってる。だが、あいつに会えるってだけで実際疲れが吹き飛ぶんだから仕方ねぇ。

――〜〜♪

「ん……?」

聞き覚えのある旋律を耳にした気がして、おれは足を止めた。

少し左右を見渡して近くの公園へ目を向けると、学生らしき少年がギターをかきならしていた。

やっぱり。あいつが作った、おれの曲だ。

全体的に拙いが、一生懸命に弾いている。音に愉しそうな光が溢れていて、微笑ましく思う。

おれにも勿論、あんな頃があった。

どこか懐かしくさえ感じながらその少年の視線の先を追って、おれは目を見開いた。

「……あ」

ベンチにあいつがいた。
何でこんなところにいるのか分からないが、キラキラした笑顔で手拍子を打っている。

暫く様子を見ていると、一曲引き終えた少年はあいつと二言三言交わした後、手を振って去っていった。

行ったか…。

自転車を押しておれが近付くのと、あいつが振り返るタイミングが重なる。

「えっ…あ、く、黒崎先輩…!?」
「随分楽しそうだったな」

突然現れたおれに目を白黒させ、春歌が立ち上がる。

「今の、見て…?」
「途中からな」
「そ、そうだったんですか…あの、今の子は先輩のファンで、それで、私が作曲家になったのを知って…」
「あー待て。つまり…知り合いか?」
「はい! ご近所さんです。私、実家がこの近くで…」

なるほどな。
人見知りの激しいこいつがあんな風に話せるなんておかしいと思ったが、知り合いの上、知ってる音楽の話になって盛り上がってたって訳か。

「先輩、お仕事終わりですか?」
「ああ」
「ふふ。おかえりなさい、ですね」

一応「ただいま」と返すと、春歌は嬉しそうに笑う。

なんだってこいつはいちいちこういう反応するんだろうな…。

おれの葛藤なんざ全く気付かないまま、こいつはおれの背後に目を向け、「あっ」と声を上げた。
つられて振り返り目に入ったのは、買い物袋を持った………もしかして、こいつの母親か?

どことなく雰囲気や顔立ちが似ていて、おれは再び春歌を見た。

…すげー似てる。

「あ、うちの母なんです」

ちょっと失礼します、と言い置いて、春歌が母親に駆け寄っていく。
やっぱり親か。
呼び止められた母親は少し驚いた後、嬉しそうにあいつを抱きしめた。

そうだよな。
久々の再会って事なら、おれよりずっと会ってないはずだ。積もる話もあるだろう。

…一人で帰るか。

ベースを背負い直し、自転車に跨がる。

「あ…先輩! 待って下さい!」

漕ぎ出そうというところで、慌ててあいつが戻ってきた。

「お前、せっかくのオフだろ。たまには実家でゆっくりしろよ」
「は、はい…あの、宜しければ先輩も…」
「は?」
「晩御飯、召し上がって行きませんか? 母が是非にと。あの、私の母はとっても料理上手なんですよ!」

ニコニコ笑って春歌が言う。
その奥で、母親も同じ顔をしていた。


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