色々夢

□ハルカナルユメ
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◎那(砂)春【砂月消失編】4/4


紅茶の良い香りに誘われるように、春歌の意識が浮上した。
ソファに腰掛けて楽譜をチェックしていたのだが、いつの間にかうとうとしていたようだ。
落としてしまったペンを拾い上げると同時に、後ろから優しい声がした。

「ハルちゃん、お茶が入りましたよ」
「ありがとうございます、那月くん」

差し出されたティーカップを受け取り、春歌は微笑む。
那月もにこりと笑みを返して、隣に腰掛けた。
その分だけ少し沈んだ春歌の体を、彼の腕が自然に掬い上げる。

「わ…那月くん…」
「ふふ。ハルちゃんあったかいです」

力一杯の抱き締めではなく、今までに比べたら触れあう程度のそれは、意識してしまうと逆に恥ずかしい。緊張して紅茶を飲めなくなってしまった彼女を覗きこんだ那月が、眼鏡の奥にある優しげな目を細めた。

「どうしました?」
「な、なんでもないです…」

照れ隠しにどうにか一口含めば、たちまちその美味しさで気持ちがゆるんでしまう。やはり那月の紅茶は天下一品だ。

「お仕事、終わりそうですか?」
「先程提出した分でひとまず終わりでした! お返事待ちですが、少しゆっくりできますよ」

良かったです、と返す那月は本当に自分の事のように嬉しそうである。無邪気にも思えるその反応に癒されながら、春歌はまたティーカップを傾ける。

あの月夜のステージの最中砂月が居なくなってから、既に数ヵ月。目まぐるしく過ぎてしまったというのが正しいかもしれない。
けれどいつだって、春歌の中にはあの夜の彼の歌声が耳に残っている。流れていく涙が頭から離れないでいる。
春歌の中で、何一つ昇華されないまま、砂月は居なくなってしまった。

それを、那月に対して申し訳なく思う時もあった。
けれど、那月が言ったのだ。

『良いんですよ、それで』

どうしてでしょうか。
そう問いかけた春歌に、彼は答えてくれなかったけれど。
今はその理由が、何となく判るような気がしている。

「ねぇ、ハルちゃん」
「はい」
「僕はね、世界一の幸福者です」
「ふふふ。世界一ですか?」

ゆっくりと、ごく自然な流れでティーカップを取り上げられ、反対の手が春歌の髪を撫でる。
心地好くうっとりとしている春歌の耳元で、甘い声が囁く。

「そうです。大好きなハルちゃんが側にいて、一緒に歌を作ったり、こうしてお茶を飲んだりして…そして、僕が困ったときには、たくさんのお友だちが助けてくれるんです。ね? 幸福者でしょう?」
「……はい。そうですね」
「だから…俺は、この選択を後悔しない」
「…!?」

何か、聞き逃してはならない言葉を聞いた気がした。
覚醒して目を瞬かせるものの、すぐ横にある那月はいつも通りの綺麗な笑顔だ。

「那月…くん…?」
「なんですかぁ? ハルちゃん?」
「あ…えと…な、なんでもない…です」
「お茶、冷めちゃったからもう一杯いれますね」
「!」

軽いリップ音は、春歌の額から聞こえた。
真っ赤になって固まる春歌に艶然と微笑んで、那月が立ち上がる。

那月の中にまだ砂月がいる。そんな感覚がいつまでも抜けないのは彼のこの態度に戸惑ってしまうからだ。
そもそもが一つの人格であったので、きっとこれが本来の彼なのだろうが、今までの那月のスキンシップより心臓に悪いことこの上なく、しかも日に日に回数が増している。

純粋な欲求のように見えて、何か策があるような危うさが、時々恐ろしくなる。そんな今の彼に堕ちている自覚がある。
そしてその度に砂月を思い出して、那月の目の奥に彼を探してしまう。

那月の事を愛している。
同じだけ、砂月を愛していた。
不器用な春歌はまだ、その気持ちを一つのものとして見られない。
きっと那月はそれを分かっているから『それで良い』と言ってくれたのだと思う。

「那月くん…」

呼び掛けると、彼はキッチンから顔を覗かせた。
何と言うべきか少しだけ迷って、春歌はその優しい眼差しの前で立ち止まる。

「私も、世界一の幸福者です」

那月が側に居てくれて。こんなに迷ってばかりの自分を愛していてくれて。

「一緒に居てくれて、ありがとうございます、那月くん」

那月が腕を広げて微笑む。それは春歌のよく知る那月の笑みそのもので、安心感に包まれた勢いで、春歌は思わずその腕の中に飛び込んでいた。







─────
ごめんなさい。とにかく謝っときます。着地点おかしくねえかって思いましたよね絶対そうですよねごめんなさい。最初は純粋に悲恋にしようと思ったんですけど途中からこんなイメージでした。

春歌→那月も砂月も平等に好き。その事でとても悩んだ時期もあったけど二人とも諦められない。
砂月→本当は春歌を独り占めしたい。でも彼にとって那月が一番大事な存在でなければ自分の存在意義がなくなる。だから自分は消える。
那月→春歌の事はもちろん好き。でも砂月を好きで悩む春歌のことが一番可愛いくて大好き。だから本当は別に砂月が無理に消えなくても良いと思っていた。

という。
砂月と一つになった事でこの感覚が徐々に薄れて普通の恋人らしくなっていくか、そもそも一つになったふりしてただけでむしろ那月が消えて砂月固定になるルート分岐でゲーム出ませんかね。
…需要無いなこれ。
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