色々夢

□ハルカナルユメ
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花火大会 (1/2)

ふと、引っ張られたような感覚があって、トキヤは後ろを振り返った。
しかし、そこには誰もいない。
そう判断しかけて、先程の感覚からすると、もっと目線を下げなければいけないことに気がついた。

「え」

彼にしては珍しく、言葉にならない戸惑いの声が漏れる。
彼の服を掴んでいるのは子どもだった。浴衣を着ているから、花火を見に来たのだろう。青みがかったつやめく黒髪は、汗ですっかり貼り付いている。潤んだ瞳は真っ直ぐトキヤを見上げていたが、今にも涙が溢れ落ちそうだ。

それだけなら、迷子かと思って終わりだった。だが、トキヤが戸惑ったのはそんな理由ではない。
とても似ているのだ──自分の幼少期に。

思わず辺りを見回すが、すれ違う人々は絶えず空に打ち上がる花火に夢中で気づく様子はない。
他人のそら似にしても似すぎである。親戚筋にこの年頃の子どもはいただろうかとまで思いを巡らせはじめてから、トキヤは我に返った。
考えるのは後でもできる。今は目の前の事に集中すべきである。

「ええと…どうしましたか? 迷子でしょうか」

こんな時、友人たちならもっと上手く話せるだろうにと頭のどこかで諦めながら、努めて優しく声をかける。
ここは花火会場ではないが、花火が見える道の為、この辺りで見物している人は多い。はぐれる可能性は大いにある。
少年はなぜか、困ったように眉を寄せ、ちょっと考えてからゆっくりと頷いた。

「そうですか…ご自分の名前は言えますか?」

その問いかけにも、彼はしばらく戸惑いの表情で沈黙した。警戒されているのだろう。誰にでも個人情報を流すのは良くない時代なので、今時の子はそのくらいでいいのかもしれない。
どうしたものかと、少年が掴んだままの自分のシャツに目をやっていると、花火の合間にぽつりと、声が聞こえた。

「ハヤト…」
「え」

つい疑いの眼差しを向けそうになったが、少年は今にも泣きそうである。別に、よくある流行りの名前だ。内心そう言い聞かせ、トキヤはひきつりそうになった表情をなんとか制御した。

「そ、そうですか…ハヤトくん、ですね」

こくり。
また頷いた拍子に、ついに涙が溢れ落ちる。心細いのに、よく耐えている方だろう。
トキヤはとりあえず、通行の邪魔にならないよう端に誘導し、目線を合わせるようにしゃがみこんだ。ハンカチを取り出し、涙とついでに汗も少し拭き取ってやる事にする。

「誰かと花火を見に来たんですか?」

ふるふると、首を横に振るハヤト。おや、とトキヤは少年の反応を意外に思う。浴衣を着せてもらっているのだから、何かしら夏祭りに行く最中のはずだ。
まあともかく、イエスかノーで答える質問なら反応しやすいようである。
トキヤは別の質問に切り替えた。

「一人で歩いていたのですか?」

こくり。

「家族の方は、ここにあなたがいることを知っていますか?」

やや迷ってから、これには否定が返り、それでトキヤは気がついた。「誰かと花火を見に来たのか」という質問に否と答えたのは、彼が一人でここに来たからだ。
誰かとではなく、たった一人で。
首から携帯電話を下げているわけでもなく、試しに聞いてもやはり電話番号や住所は言えないようだった。これではどうしようもない。
大人しく交番に届け出るしかない。

「少し歩きますが、駅の方に向かいましょう」

駅前なら交番もあるし、ここよりは明るく、花火が終わる時間も人通りがある。もしかしたら彼が居ないことに気付いて、彼の家族も探しに来ているかもしれない。



つづく
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