色々夢

□ハルカナルユメ
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◎トキ春 【REVENGE】

何年か前まで通っていたのに、卒業してしまうと、途端に自分が場違いな気になってしまう。
それが学校という存在の不思議なところ。
ただし、今日という日だけは、あらゆる人々を受け入れる為に門戸が開いている。
学園祭である。

眼鏡に帽子という単純な変装ではあるが、この時期に厚着をしたりマスクをする方がよほど目立つので、この格好で堂々としているより他ない。

第一、卒業生なのだから。
と何度目になるかわからないが自分自身に言い聞かせて、トキヤは遠巻きにステージを眺めていた。
後輩にあたる、未来のアイドルたちがそこで歌や踊りなどのパフォーマンスをしている。

トキヤの左隣には春歌がおり、キラキラとした目でステージを見詰めている。
既に校内を回って、一通り学園祭というものを見てきたところだ。

「わぁ…この曲とても素敵です!」
「ええ。昔のあなたのようです。才能がありますね」
「そ、そんな…私なんて…この生徒さんの方がよほど凄いです」

春歌がようやくトキヤの方を向いた事に密かに胸を躍らせつつ、彼は静かに微笑んでみせた。同時に、繋いでいた手に少しばかり力をこめる。途端に春歌が頬を染めながらステージに目を戻したが、もうパフォーマンス内容は頭に入っていないに違いない。

在籍していた時は、あのステージに立つことが出来なかった。裏切って泣かせてしまった。
そんな罪悪感ばかりが残っていて、トキヤは本当は、春歌と二人で学園祭に来るのは嫌だと思っていた。

しかし、日向から「行ってこい、リベンジだ!男だろうが!!」と良くわからない台詞で焚きつけられて、結局休みを取り学校を訪れていた。
敷地内なのだから本当はいつだって来られる。しかし学園祭はやはり特別なのだと、独特の空気を感じて、無意識にため息をついていた。

春歌は素直に楽しんでくれているように思うが、それを見る度トキヤの罪悪感は増していく。
今まで、あの時もし間に合っていればと、何度後悔してきたことか。

ふと、演奏されていた曲が終わった事に気付き、顔を上げた。
先程春歌に、この作曲家候補に才能があると言ったのは本音である。歌い手の技量も今までの中で抜きん出ていて、生徒に惜しみない拍手が送られている。その生徒と入れ違いで、日向がステージ袖に立った。司会進行役なのである。

かなり距離があるはずだが何となく目があった気がして、トキヤは反射的に春歌の手を離した。後から思えばそれは何かを予感したからなのだろう。

「本当は、さっきの生徒で一旦休憩時間になるんだが、ちょっとだけ俺の気まぐれに付き合ってくれ」

場内がざわつく。
ニヤリと笑った日向が、トキヤに向かって真っ直ぐ指を差した。

「そこの帽子眼鏡。ステージに上がってこい」
「!」

トキヤに、一気に視線が集まる。ざわつきが更に大きくなった。

「…仕方ありません。行ってきます」

既に、彼の正体に勘づいた人々が騒ぎ始めている。
春歌に小声で告げて、小走りにステージに上がると、日向が驚くべき早業でトキヤの帽子と眼鏡を取り払って、すぐ様、悲鳴に近い歓声が空気を震わせた。

「知ってる奴も多いと思うが、こいつは俺の教え子でな。特別ゲストとして招いた」

どこか他人事のように聞きながら、春歌はどうしているだろうと目を向けると、スタッフらしき生徒に話しかけられどこかに移動を始めていて、トキヤの方を全く見ていない。
行き先を目で追いたかったのだが、日向が肩を組んできたので仕方なく隣の恩師に顔を向ける。

「日向さん…確かに学園祭に来るように言われていましたが、ゲストという話は聞いていません」
「今、言っただろうが」

しれっと言い放つ日向。マイクにしっかり拾われていたその会話で、場内に笑いが起こる。
それが収まる頃合いを見て、日向がまたマイクで呼びかけた。

「皆、せっかくだからこいつの歌を聴いてやってくれ」

また歓声が上がる。歓迎されているのは嬉しく思うが、あまりにも突然すぎる。

「待ってくださ、」
「社長の許可はちゃんと取ってあるからよ。感謝しろ」
「…」

リベンジ。
ようやくその意味が分かって、トキヤは複雑な気持ちで日向を見つめる。
彼は無言で新たなマイクを差し出してきた。トキヤもまた、無言でそれを受け取る。彼の背後に目をやると、いつの間にか春歌が立っていた。

「あー、音源がないから、ピアノ任せたぜ」

日向に呼び掛けられ、春歌が飛び上がり、慌てて頷く。
トキヤたちが見守る中、彼女がガチガチに緊張しながら、ステージに置かれていたピアノの前に腰かけた。

「曲は…二人に任せる」

それはマイクを通さず、トキヤと春歌にだけ向けられた言葉だった。彼はそのままステージから去ってしまう。

春歌と目が合う。
何を歌うか心は決まっている。春歌も同じ気持ちでいる事を確認して、トキヤは観客席に向き直った。

「すみません。自己紹介がまだでしたね。一ノ瀬トキヤです。ここ、早乙女学園の卒業生で、在籍中は日向先生のクラスで学んでいました。皆さんの休憩時間を奪ってしまいますが…」

ざわめきが大きくなったので一旦そこで言葉を切り、場内が鎮まるのを待つ。

「絶対に後悔はさせません」

あの頃の、挑む気持ちで。

心地好い、生き生きとしたピアノの音が響いてくる。
最初の一音を発した瞬間、トキヤの心は学生に戻っていた。




20160117
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