色々夢

□ハルカナルユメ
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◎トキ春 【温かいですか?】1/2


タクシーを降り、トキヤは黙々と歩いた。
連日のハードスケジュールに加え、ドラマの撮影が半日以上長引いたりと、正直、体が全力で疲労を訴えているしすぐにでも休みたい。
だがしかし、仕事終わりに事務所へ顔を出すよう、龍也から言われている。
新たに何か大きな仕事が入りそうなのかもしれない。その事自体は嬉しいが、如何せん、今この状態ではうまく応えられる自信があまりない。

うだうだと考えながら彼にしては大変珍しい重い足取りで、事務所の扉を開ける。
龍也のいる部屋に入ると、気付いた龍也が書類から顔を上げ、片眉を跳ねさせた。

「お前…なんつー疲れた顔してやがる…」
「あ…失礼しました」

ハッとして表情を取り繕うと、龍也はと包容力のある笑みを浮かべて手を振った。

「いや、責めてる訳じゃねえよ、仕事中にんな顔するお前じゃないだろ。ただ珍しいもん見たと思って、驚いただけだ」
「はあ…」

予想外に優しい言葉が返ってきて、どういう顔をすればいいか分からない。トキヤが返答に困窮している間に、龍也は引き出しからファイルを一つ取り出した。

「疲れてる時に悪かったな。用事ってのはこれだ」
「これは…」

ファイルには手書きで見覚えのある文字が記されている。
春歌のものだ。

「こいつを届けてくれないか、と頼もうと思ってな」
「それは構いませんが…」

隣の部屋ですし。
受け取りつつも、トキヤは首を傾げた。
確か、午前中に事務所で打ち合わせがあると春歌が言っていた。
忘れ物にしては、このファイルは重要すぎる代物のようだ。

「あいつ、具合悪いらしくてな。明日に改めることになったんだが、取り急ぎ楽譜と音楽データだけ借りた」
「……そう、ですか…」

聞いていない。
昨晩、メールのやりとりはしたが具合が悪いなどとは一言も…いや、彼女なら言わないのは分かりきっているが。
ひそかにショックを受けているトキヤ。
龍也は肩をすくめた。

「ま、あいつも大概ギリギリまで頑張っちまうからな。お前も休める時にしっかり休めよ?」
「はい」

トキヤと春歌の仲を知る彼の事。わざわざ呼びつけたのはトキヤに彼女を訪ねさせる口実を与えたかったというのもあるのだろう。
ありがたくその好意に甘える事にして、トキヤは事務所を後にした。
先ほどまでよりもずっと足早に寮を目指す。

考えることはただ一つ。なぜ、自分を頼ってくれないのか。
ということである。
多忙を理由に体調不良の恋人を放置するような男に成り下がった覚えはない。
そもそも、春歌は甘えるという事をほとんどしてくれない。せめて辛い時は言って欲しいと再三告げていると言うのに。

…いや、気づいてやれない自分が、一番腹立たしいのだが。

自分の部屋を通り過ぎて、隣の部屋の前でぴたりと止まった。
眠っているかもしれない為、一瞬躊躇ってから、インターホンを押す。
ややあってゆっくり扉が開くと、恋人の弱々しい声が聞こえてきた。

「トモちゃん?…早かった…ね…?」
「…ほぅ」
「え」

具合が悪いというのは、真っ青な顔を見れば事実であるとよく分かる。
そしてそれをどうやら友千香には話しているらしい現実に、言い様のない感情がトキヤの中でぞわりと蠢く。

「え、あ、あ、なん、で…」

思わずこちらが漏らした低い声にビクリと震え、春歌は目を丸くして固まっている。

「春歌…君という人は…」
「春歌お待たせ!薬買ってきたわよ!」

場所を忘れて迫りかけたトキヤを押し退け、新たな訪問者が春歌に向かって袋を差し出す。

「トモちゃん…ありがとう」
「いーからあんたは早く薬飲んで寝る!!」
「うん…でも」

まだ真っ青なままの春歌が、友千香からトキヤへと視線を移す。
すると面倒そうに振り返った友千香が、トキヤの腕を引っ付かんで部屋の中へと押し込めた。

「あんたたち、いつまで玄関にいるつもりよー」
「いえ、あの私は…」
「トモちゃん…」
「ほら入った入った!!」

彼女の強引さはここまでくるといっそ清々しい。
抵抗せず一緒に部屋へ上がったトキヤは、所在なげに佇む春歌と、キッチンで何やら食事を用意し始めている友千香とを交互に見た。
結局、春歌に向き直る。

「具合が悪いと聞きましたが…熱でもあるのですか?」

預かっていたファイルを渡して訊ねるが、春歌は曖昧な表情で首を横に振る。

「いえ…ちょっと、貧血…です」

言いにくそうに答えた春歌の顔が徐々に赤くなる。
ついには受け取ったばかりのファイルで顔を隠してしまった。

「あー。こればっかりは男に言ってもねー」

という友千香の言葉で、トキヤはようやく合点がいき、春歌ほどではないが頬が熱くなるのを自覚する。

「…なるほど、それは確かに、男の私ではお役に立てないかもしれませんね…」
「そゆことー。はい、お水」
「う、うん…」

ソファに腰掛け、春歌がのろのろと薬を取り出し始める。
どうしようかと眺めていると、友千香がまたトキヤの腕をつかんだ。

「なんです?」
「あたし春歌の食事作っとくからさ、春歌を温めてよ」
「は…?」
「こういう時は、温めてあげるのが一番なの!」

ほら行って、と背を押され、トキヤは春歌のいるソファへ一緒に腰掛ける。


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