□4
2ページ/2ページ

すれ違う浅井軍の兵には事情を説明して、目撃したら知らせるよう手筈を取った。

渋る門兵を拝み倒して外に出してもらい、辺りを見回す。

織田の兵もちらほら見えるが、浅井軍と友好関係を築く気がないらしい。
ルカが出てきたのを一応見たが、兵士ですらないのを確認すると興味を無くしたように各自談笑に戻っている。

「えっと…」

気を取り直して、頭の中に地図を描く。
市の移動能力を舐めてはいけない。あの暗黒が操れれば、きっと門を開けずに外へも出られる。

失礼な確信を抱きつつ、ルカは彼女の居そうな場所に向かう。
この世界に来てから何度も行き来している小谷はもちろん、各地の戦場の見取り図ならば少々記憶に自信があるルカである。その足取りに迷いはない。

「あれ?」

ところが、少し進んでから奇妙な違和感に包まれた。きょろきょろ辺りを見回し、腕を組んでみる。

「おかしいな…ここ、別れ道じゃなかったっけ…?」

確か、以前通った時は獣道のような小さな裏道があったはずなのだが。
はて、とそびえる壁を叩いてみる。

あっさり倒れた。

「ぅわっ…!?」

壊した訳ではない。誰かが故意に簡易の壁を建てたのだ。

奥を伺うと、記憶にある裏道が見える。壁を避けて中に踏み込むと、自然としのび足になる。

「──…」

すぐに人の声らしきものが聞こえた。慎重に周りを見て、中腰で前へ進んだ。

「…………」
「…………」

会話しているようだがうまく聞き取れない。それでも既にその姿は遠目に確認できた。

一人はやはり市。
そしてもう一人は、明智光秀。

ルカは声をあげそうになった口を慌てて塞ぐ。二人はまだルカに気づいていない様子で何か話していた。

市の方は背を向けている為表情は見えない。しかし、うつむく彼女に、光秀が何か囁きかけようとしていた。
それはもう、実に愉しそうな、冷たい表情で。

「…っ」

止めなくては。

反射的に思って、ルカは走る体勢になる。ここから彼らの場所まで、走れば数秒。不意打ちならば、もしかして──

「…っ」
「しっ!」

一歩踏み出すその瞬間、ぐっと何者かに後ろから腕を引かれ、ルカは大きくバランスを崩す。同時に口を塞がれた。
背中に当たった体は、小さくて頼りなさげだった。

「黙って」

尻餅状態で見上げた先に、鬼のような眼差しの子供がいる。
何度か頷くと、口を塞いでいた手がなくなる。

「付いて来て」

厳しく小声で命じられ、ルカは渋々後に続く。先程のニセ壁まで戻ってくると、子供はくるりと向き直った。

「お前、あんなところで何やってたんだよ!」
「その…人探しを」

つまりお市様ですけど、と付け加えると、子供──森蘭丸は大げさなくらい呆れた顔になった。

ああ、馬鹿にされている。

ルカは思ったが、ここは大人しく罵倒を待つ。

「お前、馬鹿じゃないの!? あの間に入ってお前に何が出来るんだよ!」
「……飛び蹴りとか」

別に黙っていれば良かったのに、不完全燃焼のあまりルカはポツリと言ってしまった。
そう、別にこの少年をからかっている訳ではない、止められなければ本気でやるつもりだったのだ。

蘭丸の大きな目が更に大きくなる。

「はぁあ!?」
「あ…今のは聞かなかった事にして!」

考えてみれば光秀は同じ軍なのだから、蘭丸に言うのはまずい。

「お前…」

また罵倒される、とルカは身構える。
聞こえたのは、少年の声ではなかった。

「ルカ…?」


戸惑いを含む、涙に濡れた静かな声。
振り返ると、市と光秀が立っていた。光秀の横で市の体が不自然に揺れる。

「お市様!」

抱きつくように受け止めるも結局支え切れず、ルカはそのまま地面に座りこんだ。腕の中で、市は気を失っている。

「おやおや…逃げられてしまいましたね」
「光秀お前なぁ!」

頭上で男性陣が火花を散らしている。
この隙に抜け出せないものかと身じろぎすると、目の前で風が吹き、次の瞬間自分の顔が見えた。

「大人しくしていただきますよ」
「……」

ルカはそっと光秀を見上げ、彼の鎌に映る自分の顔を見た。当たり前だがこわばっている。
だが、この鎌。
逆らえばこの鎌は、迷わず市の首を斬り落とすだろう。

「……逃げも隠れもしません。抱え直すだけです」
「…良いでしょう」

何とか答えを返すと、光秀が退いた。
彼に告げた通り市を抱え直す。すぐ近くに見えた長い睫毛に涙が絡んでいる。袖で優しく拭ってやりながら、ルカも静かに目を閉じる。

間に合わなかった。
本当は、知っていたのに。

後悔が渦巻く。
蘭丸がまた光秀に何か言っているのを遠くに感じながら、一人、奥歯を噛み締めた。



.
次の章へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ